はじめに
日本のスタートアップ政策は、資金を増やす段階から「どの産業を育てるのか」を考える段階へ移りつつあります。2022年から掲げられてきた「スタートアップ育成5カ年計画」では、2027年度に10兆円の投資額を目指しています。
一方、2025年上半期のスタートアップ投資額は速報値で3779億円でした。資金供給を増やすだけで、日本のスタートアップエコシステムは成長できるのでしょうか。今回のテーマは、VCが「新産業を作る装置」として果たせる役割です。
※この記事は、ポッドキャスト「VIVA VC」シーズン3第21回をもとに作成しました。番組では、日本のスタートアップエコシステムとVCによる新産業創出についてさらに詳しく語っています。ぜひお聴きください。
10兆円目標の先に見えた「供給側」と「受け皿」のずれ [07:30-13:00]
日本成長戦略会議では、スタートアップを含む17分野などを対象にした戦略が示され、2022年からの5カ年計画を「スタートアップ総力創出パッケージ」によって継続する方針が打ち出されています。大きな方向性としては、国がスタートアップエコシステムを引き続き後押しする形です。
ただし、足元の投資環境を見ると目標との距離は大きくなっています。2025年上半期の投資額は3779億円で、単純に年間換算しても1兆円に届きません。2022年をピークに停滞傾向が続いています。
一方で、政策によってVCの供給側は拡大しました。2018〜2021年の4年間と2022〜2025年の4年間を比較すると、設立されたベンチャーファンドは106本から145本へ、VCによる投資金額は3.1兆円から3.8兆円へ増えています。
ところが、資金調達できたスタートアップの数は2022年の4473社から、2025年速報値では2700社まで減少しました。リスクマネーを供給するVCは増えた一方、その資金を受けるスタートアップ側の数は減っています。政策のKPIが資金供給に置かれたことで、「起業家を増やす」「どの産業を育てるか」という視点が十分ではなかった可能性があります。
「全方位でユニコーン」から、育てる産業を定める段階へ [13:00-14:30]
これまでのスタートアップ政策には、「とにかく全方位でユニコーンを増やす」という側面がありました。今回、新たに戦略17分野が定義されたことで、「この産業ならスタートアップが勝負できる」という方向性が示されたことには意味がある、と岩澤は語ります。
ただし、スタートアップを担う起業家の数がなぜ減っているのかについては、まだ明確ではありません。人口減少が理由なのか、起業に挑戦する人が減り、大企業に残る人が増えているのか。エコシステムを長期的に考えるなら、投資額だけではなく「誰が起業するのか」という側面にも目を向ける必要があります。
VCに求められるのは「企業」ではなく「産業」を残すこと [14:30-17:45]
岩澤がVCの役割を考える上で重要だと捉えるのが、「三流のVCはリターンを残し、二流のVCは企業家を残し、一流のVCは産業を残す」という考え方です。
一社のスタートアップに投資し、その企業を大きくすることはVCの重要な仕事です。しかし、一社の成功だけで新産業が生まれるわけではありません。海外ではAI企業などの大きな成功例が経済力そのものに影響を与えていますが、その背景にはVCの存在があります。
だからこそ、VCを単に資金を供給する存在としてではなく、新しい産業を生み出す仕組みとして捉える必要があります。ファーストライトキャピタルが重視するのは、投資先の成功をその一社だけに閉じず、周辺へ広げていくことです。
新産業を生むVCには「投資+4つの機能」がある [17:45-]
新産業が形成される過程を歴史から見ると、資金だけではない機能が必要になります。産業革命期のイングランド銀行や、明治維新期の第一国立銀行には、金融機関として資金を供給するだけでなく、産業を成立させるための役割がありました。
VCにも、同じような機能が考えられると、岩澤は語ります。一つ目は「信用補完」です。VCが関わることで、社会からの信用を得やすくなることへつながります。二つ目は「コミュニティ」で、資本、人材、技術、情報を集める場をつくることです。
三つ目は、会計やガバナンスなど、企業同士が協働するための「インフラや標準化」です。そして四つ目が「人材輩出」。投資先から次の世代を担う経営者が生まれ、その人材がまた新たなスタートアップを生み出していく構造です。
投資先が一社であっても、そこから人材や知識、関係性が周囲へ広がれば、産業全体への影響は大きくなります。こうした「関係人口」をどこまで広げられるかが、VCによる産業づくりのポイントになります。
おわりに
日本のスタートアップエコシステムを成長させるには、投資額を増やすだけでは十分ではありません。VCの数や資金が増えた一方で、資金調達するスタートアップが減っているという現状は、供給側と受け皿の間に課題があることを示しています。
これからのVCには、資金を供給するだけでなく、信用を補完し、コミュニティを形成し、企業が協働できる基盤をつくり、次の経営者を輩出する役割が期待されます。スタートアップやVCが政策、アカデミックなどの領域を越えて関わり、資本が循環する生態系をつくる。その先に「産業を残す」という一流のVCの姿が見えてきます。
※この記事は、ポッドキャスト「VIVA VC」シーズン3第21回をもとに作成しました。番組では、日本のスタートアップエコシステムとVCによる新産業創出についてさらに詳しく語っています。ぜひお聴きください。
執筆 : 岩澤 脩 | ファーストライト・キャピタル 代表取締役・マネージングパートナー
編集 : ファーストライト・キャピタル | リサーチ・チーム
2026.8.18
ファーストライト・キャピタルでは、所属するベンチャーキャピタリスト、スペシャリストによる国内外のスタートアップトレンド、実体験にもとづく実践的なコンテンツを定期的に配信しています。コンテンツに関するご質問やベンチャーキャピタリストへのご相談、取材等のご依頼はCONTACTページからご連絡ください。
ファーストライト・キャピタルのSNSアカウントのフォローはこちらから!