はじめに
メール返信に費やす時間が、1ヶ月の25%。これは、ファーストライトキャピタル代表の岩澤が自身の業務を棚卸しして出した数字です。社内外の固定ミーティングやメール対応を引いていくと、意思を持って自由に使える時間は全体のわずか5%程度しか残らないという現実が見えてきます。
スタートアップ投資という仕事は、一度関わった投資先との付き合いが5年、10年と続いていきます。投資先は増えても減らない一方で、ファンドレイズやイベントなどの新しい活動も次々に生まれてくるため、業務量は積み上がる一方です。
そんな中で、ベンチャーキャピタリストはどうやって本当に重要な仕事に時間を使えばよいのでしょうか。
今回は、ファーストライトキャピタル プリンシパルの真島が抱える時間管理の悩みをきっかけに、岩澤との対話を通じて「キャピタリストの時間の使い方」というテーマを深掘りしていきます。
※この記事は、ポッドキャスト「VIVA VC」シーズン3第16回をもとに作成しました。番組では、ベンチャーキャピタリストの時間の使い方についてさらに詳しく語っています。ぜひお聴きください。
可視化して気づく、「自由に使える時間」のあまりの少なさ [03:30-09:30]
真島は最近、仕事に追われ続けて骨太なテーマに腰を据えて取り組めない、いわゆる「先入れ後出し状態」に陥りつつあると感じていました。2025年に神奈川の大船から東京へ引っ越したことで通勤時間が浮き、一時的に時間の余裕は生まれたものの、その枠もすでに埋まるようになってしまったと言います。
この悩みを受けて、岩澤は今回のテーマに向けて自身の1ヶ月の時間の使い方を実際に棚卸ししてみました。最も時間を使っているのはメールやSlackの返信で、1ヶ月の25%、時間にして40時間ほどに上ります。これに加えて、社内の定例ミーティングが月20時間、投資先やLPとのミーティングが月30時間と、決まった予定だけで50時間が埋まります。これらを合計すると90時間にもなり、1ヶ月の自由に使える時間はわずか60時間、全体の3分の1程度しか残りません。
さらに、ファンドレイズが始まると出張だけで月50時間がかかることもあり、その場合は自由に使える時間が全体のわずか5%、10時間ほどにまで縮小してしまいます。「3分の2はもう、誰かに決められた人生を送っている」という岩澤の言葉は、ベンチャーキャピタリストという仕事の構造的な忙しさを端的に物語っています。
『ディープ・ワーク』に学ぶ、仕事の2つの種類 [09:31-11:00]
時間が有限である一方、仕事の量は減らない。このジレンマに2年ほど前に直面した岩澤が出会ったのが、ジョージタウン大学のカル・ニューポート教授による著書『ディープ・ワーク』でした。
この本では、仕事を「ディープ・ワーク」と「シャロー・ワーク」の2つに分類します。ディープ・ワークとは新しい価値を生み出す深い思考を伴う働き方であり、シャロー・ワークとは注意散漫な状態でもこなせる、付加価値の高くない作業、たとえばメール対応のような業務を指します。この2つをどう配分するかが、生産性向上の鍵になるという考え方です。
実践方法としては、1ヶ月の中で「この時間はディープ・ワーク、この時間はシャロー・ワーク」とあらかじめ枠を決めておき、その枠内に個別の業務を差し込んでいくという設計が必要になります。
「注意の残留」と中断の誘惑。ディープ・ワークを阻む2つの敵 [11:01-14:20]
真島は、水曜日など特定の曜日にミーティングを入れない「ディープ・ワークの日」を設けているものの、思うようにいかない悩みを打ち明けます。1つは、前日までのシャロー・ワークが終わりきらず、結局ディープ・ワークの日にシャロー・ワークを片付けてしまう現象。もう1つは、ディープ・ワークには研ぎ澄まされたコンディションが重要であるにもかかわらず、その日に限って体調や頭の調子が整わないという問題です。
この悩みに対して岩澤が紹介するのが、『ディープ・ワーク』の中で語られる「注意の残留(アテンション・レジデュー)」という概念です。1つのタスクが完了しないまま次のタスクに移ると、前のタスクへの注意がそのまま残った状態になり、次の作業にも集中できなくなります。メールをちらりと確認しただけで返信せずに放置するのは、最も悪いパターンだといいます。タスクは完了させた状態で次に進むことを徹底する必要があります。
もう1つの敵が、Slackやメールによる中断です。現代の働き方ではこうした通知による誘惑が常につきまとうため、メールチェックや返信を行う時間をあらかじめ決めておく設計をしなければ、常に注意散漫な状態に陥ってしまいます。さらに厄介なのは、シャロー・ワークをこなしている方が「仕事をやっている感」を得やすいという心理です。タスクを消化する充実感に流されやすいことを自覚した上で、時間の配分を意識的に組み立てる必要があります。
7つに分かれた業務をどう手放すか。任せる勇気と「見える化」[14:21-19:20]
真島が現在抱える業務は、投資、支援、リサーチ・発信、アドミ(予算管理・財務)、ファンドレイズ、コンソーシアム、次世代発掘の7分野に及びます。これらに優先順位をつけて手放すことが難しいと感じており、特に4月には投資委員会、活動報告書、ファンドレイズの開始、インターン生の採用といった複数の大きなテーマが同時期に重なり、120%やりきれないまま並走する気持ち悪さを感じていたといいます。
この状況に対して岩澤が提案するのは、ジュニアメンバーやAIエージェントへの権限委譲です。自分にとっては当たり前にできる仕事も、次の世代にとっては大きな成長機会になり得ます。そうした意識を持って、自分以外でもできるシャロー・ワークは積極的にバトンタッチしていくことが欠かせません。それをしなければ、月間320時間あっても足りないほどの業務量になってしまいます。
もう1つ岩澤が強調するのは、自分が何に時間を費やしているかを常にモニタリングし、「見える化」することの重要性です。岩澤自身にとっては、それが日々の日記というかたちで実践されています。可視化し認識できることによって、次の日の動き方が自然と変わっていくといいます。
そして、緊急度の高い案件は本来「電話」で連絡が来るはずだという前提に立ち、すべてのメールに即座に返信しようとする姿勢を見直すことも一つの工夫です。投資先やLPとの間でも、本当に緊急性の高い連絡手段についてあらかじめ認識を合わせておくことが、双方にとって生産性の向上につながります。
おわりに
ベンチャーキャピタリストの時間は、放っておけば自然と他者に決められていきます。固定ミーティング、メール対応、出張──これらを差し引くと、自分の意思で使える時間はごくわずかしか残りません。だからこそ、ディープ・ワークとシャロー・ワークを意識的に区別し、注意の残留を生まないようタスクを完了させてから次に進むこと、そして任せられる業務は思い切って手放すことが、キャピタリストとしてのキャリアを続けていく上で欠かせない技術になります。
「流れの身のままに身を任せていてはいけない」という真島の言葉は、ベンチャーキャピタリストに限らず、忙しさに追われるすべてのビジネスパーソンに通じる示唆ではないでしょうか。自分が何に時間を使っているのかを「見える化」することから、時間の使い方を変える一歩が始まります。
※この記事は、ポッドキャスト「VIVA VC」シーズン3第16回をもとに作成しました。番組では、ベンチャーキャピタリストの時間の使い方についてさらに詳しく語っています。ぜひお聴きください。
執筆 : 岩澤 脩 | ファーストライト・キャピタル 代表取締役・マネージングパートナー
編集 : ファーストライト・キャピタル | リサーチ・チーム
2026.7.13
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