はじめに
2026年に入り日経平均は、過去最高値を更新し続けています。2008年入社でリーマンショックを経験した早船にとって、当時7,000円台まで沈んだ日経平均が約10倍になった今の相場は驚き以外の何ものでもありません。金融出身の岩澤も、為替環境や国際情勢などパラメーターが増えすぎた今の市場は、ますます先が見えないと感じています。
ところで、こうした株式市場と同じように、VCファンドもまた「金融商品」のひとつです。スタートアップ投資や起業家支援の文脈で語られることの多いVCですが、その本質はファンド運用業であり、投資家にリターンを返すことが第一義にあります。
今回は「VCファンドはイケてる金融商品なのか」というテーマで、早船が聞き手となり、岩澤との対話を通じてパフォーマンスを測る指標から日本のVCファンドのリターンの実態、そして金融商品としてのVCの未来までを掘り下げていきます。
※この記事は、ポッドキャスト「VIVA VC」シーズン3第18回をもとに作成しました。番組では、金融商品としてのVCファンドの実態についてさらに詳しく語っています。ぜひお聴きください。
「リターンを返す」ことが第一義。ファンド運用業としてのVC [03:00-05:50]
今回のテーマを持ち込んだのは早船です。その背景には、「VC投資のリターンが上がっていることと、投資対象であるスタートアップが成長するとかイケてるということは同義なのではないか」という早船の仮説があります。金融商品としてのVC投資があまり良くなければ、スタートアップ側も盛り上がらず、資金が回らないのではないか。だからこそ、金融商品としてのVCファンドはどれくらい儲かるのか、どれくらいリターンがあるのかを正面から聞いてみたい、というのが早船の問題意識です。
これを受けて岩澤が確認するのは、VCという仕事の大前提です。ベンチャーキャピタルは金融庁からのライセンスを持って運用を行う存在であり、金融商品のひとつとして安全性を確保できているからこそ、LPと呼ばれる投資家のプロたちが資金を投じることができます。一般の投資家が買えるファンドではなく、機関投資家と呼ばれる金融機関や事業会社の投資部門などから出資を受けて運用する、いわば「プロ向けの金融商品」という位置づけです。
そして岩澤は、ここに重要なポイントがあると指摘します。今のファンドの投資先パフォーマンスが高いからといって、次のファンドが作りやすいかと言えばそうでもない、という現実です。LPがどのような基準でパフォーマンスを評価しているのか。その視点を知ることが、このテーマを理解する出発点になります。
パフォーマンスを測る4つの指標。いま問われるのは「DPI」 [05:51-11:30]
VCがどういう指標でパフォーマンスを測られているのか。早船の率直な疑問に対して、岩澤が挙げるのは4つの指標です。
1つ目は「IRR」。どれだけ遅く投資をして、どれだけ早く回収できたか。出ていくお金と入ってくるお金のタイミングを計算し、年率換算でファンドのパフォーマンスを測る指標です。
残りの3つは倍率系の指標です。まず「DPI(Distribution to Paid-in Capital)」は、IPOなどで得た現金をLPにどれだけ返したかという比率。次に「RVPI(Residual Value to Paid-in Capital)」は、未実現の投資先の評価額を払込出資金額で割った、残余価値の比率です。そして「TVPI(Total Value to Paid-in Capital)」は、DPIとRVPIを足し合わせたもので、現金として返した分と未実現利益を合わせたファンド全体の価値を示します。
これらの使い分けについて、岩澤の解説はこうです。かつてはIRRや、TVPI(10億円のファンドが100億円になれば10倍、というネットマルチプル)が見られていたものの、最近は「DPI」、つまり現金でいくら返したかがより問われるように変わった。これが今この瞬間の業界トレンドだといいます。
背景にあるのは、未実現利益への懐疑的な視線です。たとえばOpenAIのようなAI系企業に投資して未実現利益が大きく積み上がっていたとしても、次のファンドが作れるわけではない。「ちゃんとそれを現金に換えてお返ししているんですか」ということが問われている、というのが岩澤の説明です。早船も、AIへの期待値が非常に高い今、仮に上場すればこれくらいのリターンになるという数字は見えても、バブルが崩壊すれば実現できる現金は一気に少なくなると納得します。「AIバブル」とも言われるなか、VCに出資する機関投資家はより現実的な視点でファンドを見始めているのです。
では、日本のVCファンドのリターンは実際どの程度なのでしょうか。早船が調べたところでは、調査会社プレキンが以前集計したデータで、2010年から2018年のヴィンテージ(設立年)のファンドのIRRベースのリターンは9.6%から、良い年で28.7%。ばらつきはありつつ、おおよそ10%台から20%台のリターンが出ているという数値があります。
ただし、この数値を業界としてどう捉えるかは難しい、というのが岩澤の見解です。そもそも日米ではファンドの評価の仕方が異なり、これまで純粋な比較ができていなかったからです。海外のファンドと比較できる基準で日本のベンチャーファンドの数値を作ろうという「公正価値評価」の整備が、VCの先輩たちの尽力でここ数年ようやく進んできたというのが実状です。
東証グロース改革が変えたエグジット戦略。DPIをどう出すか [11:31-14:50]
日本のVCファンドのリターンをめぐって、早船がもうひとつ持論としてぶつけたのが、LP構成の日米差です。アメリカは純粋に金銭的リターンで測る機関投資家の出資比率が大きく、それゆえに緊張感が働いて良いスタートアップが出るのではないか。日本は事業会社のLPが多いため、規律が緩んでいるのではないか、という指摘もあるが、実際はどうなのか。
岩澤の答えは明快です。たしかにアメリカでは年金系や大学基金の運用主体といった機関投資家がメインのLPである一方、日本ではそうした存在はごく一部で、事業会社系が多い。しかし、事業会社は政策的・戦略的な連携が主眼だからパフォーマンスが出なくてもよい、というロジックはもはや成り立たず、事業会社であろうが金融機関であろうが機関投資家であろうが、パフォーマンスに対する視点は変わらなくなっている。いずれにせよ「DPIをしっかり出せているか」が問われている、という認識です。ファーストライトキャピタルでも、DPIへの追求と説明責任はチームで徹底しているといいます。
この点で大きな影響を与えているのが「東証グロース改革」です。岩澤によれば、去年の改革で上場維持基準が時価総額100億円に切り上がり、かつて多く見られた2桁億円規模の「小粒上場」ができなくなりました。より長い期間ファンドとして株式を持ち、より高い時価総額を目指さなければならなくなると、短期的にDPIは出にくくなります。DPIが出ていないから次のファンドが作れない、という負のスパイラルに入ってしまうリスクがあるのです。
だからこそ、日本に限らず今のGPは、M&Aでのエグジットやセカンダリー(株式の早期売却)を早めに行うといった思考へ急速に変わっている、と岩澤は続けます。アメリカではすでにIPOよりM&Aによるエグジットの比率の方が高く、時間が限られるIPOと違い、M&Aはいつのタイミングでも実行できます。日本はこれまでほとんどがIPOという真逆の構造でしたが、M&Aの比率を増やしていくことは業界としての至上命題になっています。M&Aに関する報道が増えてきた背景には、こうした投資家観点がありました。
日本で「パワーロー」は成立するか。ホームランより2塁打の世界 [14:51-17:20]
続いて話題にあがったのは、「パワーロー」という法則です。最近のアメリカにおけるOpenAIやSpaceXの巨額エグジットに代表されるように、一部の飛び抜けた銘柄がVCファンド全体のリターンを引き上げるという現象で、VCの世界では知られた概念です。これは日本でも起きているのでしょうか。
岩澤の答えは「起きてはいるが、アメリカほどではない」です。アメリカでは1ファンドで20社、30社に投資し、たとえ99%がダメだったとしても、1社がホームランになれば全部回収できてしまう。SpaceX的な事例もあり、よくあることです。しかし実際のデータを見ると、日本ではそこまでではなく、そもそも2塁打的なエグジットが多い。場外まで届くホームランが出にくいのが実態だといいます。
そのため、ファンドマネージャーとしての考え方も、アメリカと同じようにはできません。できるだけシングルヒットや犠打を打って、1つずつ塁を進めていく。そういうやり方をしないとパフォーマンスが出にくい、というのが岩澤の見立てです。うまくいかない投資先からも最後まで資金回収を受けることができるのか。そこがパフォーマンスの多寡を決めるといいます。
インデックスに勝てるか。金融商品としてのVCの分岐点 [17:21-19:30]
日本のVC投資環境は、今後より魅力的になっていくのか。早船の問いに対して、岩澤が最初に示したのは厳しい現実です。日本に限らずアメリカも含めて、金融商品としてのベンチャーキャピタルは、インデックスに負けている。ヴィンテージにもよるものの、TOPIXやS&Pといった上場株のインデックスファンドを買っていた方が、VCのパフォーマンスより良いという状況になってしまっているのです。機関投資家から見れば、バイアウトファンドや再生ファンドの方が圧倒的にパフォーマンスが高いのが現状です。
ここを切り抜けられるかどうかが、これからの5年、10年で「VCが魅力的な金融商品なのかどうか」を決める分岐点になる、というのが岩澤の見方です。超えるために必要なのは、投資先の成長の早さを上げられるかどうか。そして、日本のスタートアップが場外ホームランを打てるくらいの産業や市場を選び、そこに相応のリスクマネーを供給し続けられるかどうかです。
一方で岩澤が強調するのは、上場株ファンドとの決定的な違いです。VCは投資先の起業家や経営とすごく近い距離で関わっており、その関わり方や、シード・アーリーステージにおける「当たり前」の作り方が、ファンドパフォーマンスに直結します。だからこそ、単なる投資家ではなく、ベンチャーキャピタリストとして成長の初速を作り、カルチャーを作っていくことがパフォーマンスに直結する。岩澤にとってこれは、対話を通じて改めて確認された確信でもあります。
おわりに
「VCファンドはイケてる金融商品なのか」という問いを通じて早船がたどり着いたのは、VCという仕事の「二面性」です。ファンドとしてのリターンを追い求める金融商品としての顔と、1社1社の起業家とちゃんと向き合い、それによってさらにリターンを高めていくベンチャーキャピタリストとしての顔。この2つは別々のものではなく、後者が前者を支える構造になっています。
金融商品としてのVCの側面は、リスナーからはなかなか見えにくい部分です。しかし、VCがファンドレイズを続けていくためには、IRRやDPIといった指標で測られるパフォーマンスが必要である──この理解は、スタートアップ業界を見るうえでの解像度を一段上げてくれるのではないでしょうか。
※この記事は、ポッドキャスト「VIVA VC」シーズン3第18回をもとに作成しました。番組では、金融商品としてのVCファンドのリアルについてさらに詳しく語っています。ぜひお聴きください。
執筆 : 岩澤 脩 | ファーストライト・キャピタル 代表取締役・マネージングパートナー
編集 : ファーストライト・キャピタル | リサーチ・チーム
2026.7.27
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