はじめに
起業家にとって、事業計画ほど「正解」を持ちにくいものはないかもしれません。ピッチ資料であれば、ピッチ大会などで他社のものを目にする機会もあります。しかし、他社の事業計画のエクセルそのものを見る機会は、ほとんどありません。
一方で、事業計画は会社の成長の設計図です。他と比べようがないまま、経営者は自社の未来を数字に落とし込んでいくことになります。だからこそ、悩みも深くなりがちです。
ファーストライトキャピタル代表の岩澤は、新卒1年目から事業計画に触れ、NRI、ユーザーベースでの事業運営、そしてベンチャーキャピタリストとしての約8年を通じて、上場・未上場を問わず数多くの事業計画を見てきました。そんな岩澤にとって、良い事業計画とは何か。そして、事業計画は本来どう使うべきものなのか。今回は、ファーストライト・キャピタル プリンシパルの真島との対話を通じて、「事業計画の本当の使い方」を掘り下げていきます。
※この記事は、ポッドキャスト「VIVA VC」シーズン3第19回をもとに作成しました。番組では、事業計画の本当の使い方についてさらに詳しく語っています。ぜひお聴きください。
良い事業計画とは、「達成し続ける」事業計画である[5:00-8:40]
岩澤にとって、端的に良い事業計画とは「達成し続ける」事業計画です。簡単すぎるほど低い計画でもなく、実現不可能なムーンショット的なものでもない。どんな環境であっても、常に100%から120%で着地できる。それが良い事業計画の条件です。上振れすればよい、というわけではありません。
この考えの背景には、真島がベンチャーキャピタリストになった当初に担当していたアドミ業務での経験があります。投資先10社、20社から四半期ごとに試算表をもらい、もともと立てた事業計画に対する予実、つまり達成比率を管理していく仕事です。その計画に対して何パーセント達成しているかで、アラートを出すかどうかを判断していました。
そこで真島が抱いた疑問がありました。もともとの計画をきわめて保守的に立てておけば、達成率は100%や120%となり、アラートは上がりません。しかし長期的なエグジットを考えれば、その成長率ではむしろまずいのではないか。だとすれば、この計画にはどんな意味があるのか。この問いが、「達成し続ける」という基準の出発点になっています。
真島が良い事業計画として重視するのは、数字と数字の間にきちんとロジックがあることです。ベンチャーキャピタル側で計画を少しリバイズする場面でも、その数字の背後にある起業家の意図や戦略が見えてくると、深く考えられていることが伝わってきます。たとえば、毎月の数字がベタ打ちでプラス100万、200万と積み上がっているよりも、営業担当者の頭数と、そこから月額で獲得できる売上とが連動しているほうがよい。数式やフォーミュラの美しさは、あくまで副次的なものです。
投資家や金融機関のために、数字を作ってはいけない[8:40-11:00]
良くない事業計画のパターンは、岩澤にとって明確です。その一つが、投資家のため、あるいは金融機関のために数字をこねているケースです。
その予兆は、フィードバックを求められる際の問いの立て方に表れます。「この事業計画なら次の資金調達はできますか」「このシリーズB、シリーズCで10億円を調達できますか」といった問いから入る人が少なくありません。しかし、こうした計画が達成された例を、岩澤はほとんど見たことがないと言います。
その理由は、事業計画の位置づけにあります。事業計画とは本来、自分たちの会社の運命をコントロールできる唯一の設計図です。不確実性が高い世界の中で、経営者が自ら鉛筆をなめて数字を引き、その通りに進めば描いた未来に到達できる。普通であればありえないことです。「数字は人を作る」という側面もあります。株主や金融機関を満足させるためではなく、自分たちの未来をグリップするために使えているかどうかが問われます。
この位置づけを分解すると、事業計画には2つの役割があります。一つは、経営者が発信するメッセージとしての役割です。この会社が3年後にどこへ到達したいと考えているのか。その志は、従業員にもベンチャーキャピタルにも、計画を見れば伝わります。視座が低いのか、あるいはどれほど大きな世界を見ているのか。事業計画は、未来の設計図でもあるのです。
もう一つが、「達成のカルチャー」を作るための土台としての役割です。
「達成の文化」を作る土台として使う[11:00-11:30]
岩澤がかねてより重視しているのが、シード・アーリー期において「達成の文化」を作れるかどうかです。ここで達成の文化を築けるかが、その先の成長を左右します。
そして、その文化を作れるかどうかは、最初に立てた事業計画、すなわちシード・アーリー期の事業計画を、101%でもいいから達成し続けられるかにかかっています。この積み重ねが「勝ちグセ」につながっていきます。事業計画は、この勝ち癖を支えるためのツールでもあるのです。
だからこそ、達成し続けることのできる、ちょうどいい塩梅の計画が重要になります。低すぎる計画では成長の意味を失い、高すぎる計画では達成の経験を積めません。未来の設計図であると同時に、達成の文化を育てる土台でもある。この2つの役割を意識できているかどうかが、良い事業計画の分かれ目になります。
未達こそ、事業計画が生きる場面である[11:30-16:00]
事業計画をめぐる悩みとして必ず挙がるのが、計画と実績が乖離したとき、当初の計画を変えてよいのか、それとも走り続けるべきなのか、という問題です。経営会議でもよく上がるアジェンダです。
ここでありがちな失敗が、一度ベンチャーキャピタルや借り入れ先の銀行に事業計画を出してしまったために、その約束を守り切らなければならないと思い込むパターンです。半年間未達が続いても、「必ずリカバリーできます」と言い続けなければならないという罠にはまってしまう。しかし、こうなるとどんどん苦しくなり、ほとんどの場合リカバリーはできません。少なくとも3ヶ月連続で未達となれば、率直に難しいと認めるべきです。まずはその現実を受け入れ、なぜ未達だったのかをきちんと分析して説明すれば、ベンチャーキャピタルとしても納得感を持てます。
一方で、下方修正を繰り返せば秩序がなくなるのではないか、という懸念もあります。しかし、そもそも事業計画を掲げているからこそ下方修正ができ、何が差分だったのかを掴めるのです。市場の読みが間違っていたのか、市場は合っていたがアプローチしている顧客の筋が良くなかったのか、あるいは市場も顧客も合っていたがプロダクトの機能が欠けていたのか。必ず理由があり、その差分さえ分かれば、そこはグリップできます。
ところが、未達が怖くなると、多くの起業家は目標そのものを出さなくなってしまいます。良いところも悪いところも含めて、8割ほどの投資先で見られる現象です。だからこそ、事業計画は株主や金融機関を満足させるためにあるのではなく、自分たちの未来をグリップするためにある、という認識に意識を変えることが大切です。差分が分かったこと自体が素晴らしい成果であり、バッドニュースファーストで正直に伝えてもらえるからこそ、ベンチャーキャピタルもサポートできます。
そのうえで岩澤が強調するのは、未達のときに何をするかをあらかじめ決めておくことの重要性です。負けたスポーツにこそ次へのヒントがあるように、苦しい局面ほど、その進化が現れます。即座に差分を分析して修正点を見出し、それをできるだけ早く、社員やステークホルダーへオープンかつ誠実に伝える。そして一度振り返って原因を分析し、計画を変える。変えたなら、下方修正した過去は忘れて新しい目標に集中する。サンクコストを引きずっていても、気が重くなるだけです。
達成の文化の賞味期限と、VCが果たす役割[16:00-]
達成の文化には「賞味期限」がある、と岩澤は考えています。目安は、シリーズA相当の組織、およそ40人から50人くらいまでの間です。この規模になるまでに達成癖をつけられるかどうかが鍵になります。だからこそ、未達とその修正という行為そのものを、達成の文化づくりに生かしてほしいという思いがあります。
裏を返せば、シリーズAあたりのアーリーフェーズまでは、計画は変わっていく前提で見たほうがよいということです。アーリーステージで計画通りに進む投資先はほとんどなく、精度が高いのはむしろミドルフェーズで出資を開始した先です。何度でもトライし、修正を重ねられる時期だと捉えるべきです。しかし、一度「未達の文化」がついてしまうと話は変わります。シード・アーリーからシリーズA手前で、6ヶ月、1年、2年と未達が続いてその文化が定着すると、リカバリーは非常に難しくなり、変えるには経営チームを入れ替えるか、プロダクトをピボットするか、その2択しか残らなくなってしまいます。
では、事業計画に対してベンチャーキャピタリストは何ができるのか。ここで岩澤が示すのは、長期の視点と短期の視点を分けるという考え方です。ここまで述べてきた内容は、長期的な視点にあたります。一方で、実際に起業家と事業計画づくりに伴走する際に精度を上げられるのは、どんなに頑張っても向こう1年です。来年、再来年の計画がどうなるかという論点に行きがちですが、そこは外部環境が大きく変わってしまいます。それよりも、目先の12ヶ月で本当にそこへたどり着くために、バックキャストで逆算する。どれだけの営業パイプラインを積み上げる必要があるのか、1顧客を開拓するあたりの投資単価はどれくらいかかるのか。こうした問いは、常に行動量とセットで考えるべきものです。
向こう1年を濃密に、ベストを尽くしているスタートアップは、一度ブレイクスルーすると急に成長の角度が上がっていきます。事業計画づくりと、その活用を通じて組織を強くしていく。その視点を起業家に持ってもらうことこそ、ベンチャーキャピタリストが果たすべき役割の一つです。
おわりに
事業計画は、投資家や金融機関を満足させるための書類ではありません。自分たちの会社の運命をコントロールできる、唯一の設計図です。低すぎず高すぎない「達成し続ける」計画を掲げ、シード・アーリー期のうちに達成の文化と勝ち癖を育てる。たとえ未達に終わっても、計画があるからこそ差分を要因分解でき、次の一手を掴める。そして、目先の1年に全力を注ぐ。この積み重ねが、組織そのものを強くしていきます。
起業家にとって事業計画は孤独な作業になりがちですが、その本当の使い方に立ち返れば、数字は未来を動かす力になります。向こう1年をどう立て、どう達成していくか。その伴走を通じて一緒に勝ち癖をつけていくこと。それは、支援するベンチャーキャピタリスト自身が勝ち癖をつけていくことでもあります。
※この記事は、ポッドキャスト「VIVA VC」シーズン3第19回をもとに作成しました。番組では、事業計画の本当の使い方についてさらに詳しく語っています。ぜひお聴きください。
執筆 : 岩澤 脩 | ファーストライト・キャピタル 代表取締役・マネージングパートナー
編集 : ファーストライト・キャピタル | リサーチ・チーム
2026.8.3
ファーストライト・キャピタルでは、所属するベンチャーキャピタリスト、スペシャリストによる国内外のスタートアップトレンド、実体験にもとづく実践的なコンテンツを定期的に配信しています。コンテンツに関するご質問やベンチャーキャピタリストへのご相談、取材等のご依頼はCONTACTページからご連絡ください。
ファーストライト・キャピタルのSNSアカウントのフォローはこちらから!