はじめに
スタートアップ業界で語られるVCのエピソードは、たいてい華やかな成功譚です。「他のVCは投資してくれなかったけれど、このVCだけが投資してくれて、今の私たちがあります」。そんな美しい物語は、メディアでも繰り返し取り上げられます。
しかし実態はその逆です。VCの仕事の大半は、投資を「見送る」こと。投資した先の話は表に出てきますが、「あのVCに見送られた」という話がコンテンツとして広まることはほぼありません。
今回のVIVA VCは、その大半を占める「見送る」という判断にこそ、VCの本質があるのではないかという視点から始まります。ファーストライトキャピタルが2019年から検討してきた約800社のうち、投資に至ったのはおよそ40社。95%は「お見送り」となっている計算です。
なぜ見送るのか。何を基準に判断しているのか。そしてそのコミュニケーションをどう取っているのか。岩澤とチーフアナリストの早船が、投資判断の裏側を語ります。
※この記事は、ポッドキャスト「VIVA VC」シーズン3第15回をもとに作成しました。番組では、投資を見送る判断の思考プロセスと普遍的な意思決定の技術についてさらに詳しく語っています。ぜひお聴きください。
800社検討して投資は40社。検討の95%は「お見送り」 [4:20-10:00]
ファーストライトキャピタルが2019年の立ち上げから2026年3〜4月までに検討してきたスタートアップは、累計で約800社。これは面談してリストに掲載し、社内で共有しているケースだけの数字です。書類選考の段階で面談に至らないケースを含めれば、その倍はあるといいます。
検討プロセスはおよそ以下のように進みます。
800社のうち、週次会議で簡易的にレポート化され共有されるのが約350社。約4割が「投資メモ」になる段階です。
そこから週次会議を通過すると、パートナー面談、マネジメントインタビューへ進みます。担当キャピタリスト以外の全キャピタリストが参加し、起業家にピッチをしてもらい、別の視点から意見をぶつける場です。
これを通過したものが投資委員会にかかります。投資委員会に進むのが年間40〜45社。800社のうち5%が投資委員会に到達する計算です。投資委員会まで来ればよほどのことがない限り通過するので、最終的な投資決定はほぼこの数と一致します。
検討の95%は「お見送り」になる。VCの主たる業務は「断ること」とも言えます。
しかも視点を変えれば、もっと厳しい数字も見えてきます。一般的にVCが投資した先のうち、IPOに至るのは20%程度と言われています。投資した40社のうち、IPOにたどり着くのは8社程度。検討した800社の中で考えれば、IPOに立ち会えるのはわずか1%です。
上場株のファンドマネージャーであれば、ポートフォリオの中で値上がりする銘柄が過半を占めなければ運用は成立しません。しかしVCは「1%以上を当てに行く仕事」です。この特殊性こそが、見送る判断の難しさにつながっています。
判断の入り口は「3つの証明」。だが、それだけでは決まらない [10:00-12:10]
見送るかどうかの判断には、ベースとなる枠組みがあります。岩澤が常に言う「市場の証明」「プロダクトの証明」「実行の証明」の3つです。どんな投資検討でも、まずはこの一定の型で見ていく。これがいわば「入り口」です。
しかし、この3つを満たしていても投資しないケースがあります。バリュエーションの問題、すでに別のVCがリード投資家として決まっているなどの条件の問題、利害関係者の状況。ビジネス単体としての評価とは別の軸が、最終的な判断を左右します。
逆もあります。デューデリジェンスの最初の段階ではいまいちに見えた会社が、検討を進めている3か月の間に急激に変わってくる。「今、早めに検討した方がいい」と判断が動くこともある。判断は静的なものではなく、検討期間の中で動き続けます。
一番悩んだのは初投資。Monoxerの判断 [12:10-14:30]
過去の検討で岩澤が「最も悩んだ」と振り返るのが、ファーストライトキャピタルの初投資となったMonoxerの件です。
Monoxerは記憶定着を支援するプロダクトを展開するスタートアップ。現在はAIと記憶定着の領域で伸びている存在ですが、当時はまだ初期段階でした。
投資に向けた資料を作っていくと、スタートアップは「荒ばかりが見えてくる」と岩澤は言います。リスク、想定される失敗シナリオ。「営業戦略がうまくいかなかったら」「採用戦略がうまくいかなかったら」と問いを重ねていけば、答えに詰まる部分は必ず出てきます。
しかしここで決めなければ、起業家側の資金調達のスケジュールが組めない。当時の岩澤はそういう状況に追い込まれていました。
このときの結論は、優先株を使って一定のリスクコントロールをかけるという形で決着しました。経験を重ねた今であれば、もっと濃淡をつけて意思決定できたかもしれない、と岩澤は振り返ります。
ここで岩澤が語るのが、ある示唆深い考え方です。
「いい判断をする」ことと「結果が良くなる」ことは、独立して考えなければいけない。当たった投資先が、いいデューデリジェンスやいい見極めの結果として当たったわけではない。判断のプロセスと結果は別物として扱う必要があります。
「見送ったけれど大化けした」を振り返る [14:30-15:30]
逆のケースもあります。見送った後に大きく成長したスタートアップです。
岩澤が名前を挙げたのは、TENTIALとUPSIDER。
TENTIALは現在大きく成長していますが、当時投資検討した時点では「部活向けのECサイト」を展開していました。今の事業形態とはまったく違うフェーズだったため、その時点で先を読み切るのは難しかった、と岩澤は振り返ります。
UPSIDERはユーザベース時代の同僚が起業した会社で、応援したい気持ちはあったものの、当時はバリュエーションが高すぎると判断して見送った。本人にも率直にその理由を伝えたといいます。
こうした振り返りの中で、岩澤が大切にしているのは「同じ型で判断する」という意識です。
毎回同じような型で判断していないと、ずれが起きた時にどこを変えればいいのかが分からなくなる。結果が良かったか悪かったかという話で終わってしまい、学習にならない。意識しているのは、できるだけ同じような型で意思決定をしていくこと。だからこそ、後から振り返ったときに修正点が見える。
意思決定の普遍的な技術。「一貫した軸」と「仲間の頭を借りる」 [15:30-18:00]
ここから話は、投資判断の枠を超えた普遍的な意思決定論に広がっていきます。
早船は、これは投資だけの話ではないと指摘します。転職、採用、人生の様々な「見送る」判断において、ルールを固定して判断している人は意外に少ない。その時々の気分や勢いで決めてしまっていることが多いのではないか、と。
岩澤が挙げる普遍的なポイントは2つです。
1つ目は、先ほどの「一貫した軸を持つ」こと。同じ所作で判断していくと、判断のギャップに気づきやすくなる。何かしらの軸を作り、それを繰り返し使い続けることで、自分の判断がどこでブレたのかが見えるようになります。
2つ目は「バイアスを意識した上で、他の人の頭を使わせてもらう」こと。自分でメタ認知することは、非常に難しい。だとすれば、より現実的な方法は、同じ情報を共有した仲間に意見をもらうこと。否定的な意見も含めて。そうすれば、自分では見えなかった360度の景色が見えてきます。
ファーストライトキャピタルの投資検討プロセスは、まさにこの2つを意識して設計されています。型を作って繰り返し判断する。担当者一人のバイアスを排除するために、複数のキャピタリストの頭を使う。これは日々の生活や仕事の意思決定にも応用できる視点です。
見送る時こそ、誠実に、オープンに [18:00-19:30]
見送るという判断は、必ずしもVC側に優位があって起業家側が劣位というものではありません。お互いにとって見送った方がいい時もある。それは投資も採用も同じです。
だからこそ、ファーストライトキャピタルでは「見送ること自体はネガティブではない」という意識で対応しています。具体的には、見送る際の理由を長文のメールで丁寧に伝えています。社内でどんな議論があり、なぜ最終的に見送りになったのか。プライバシーに関わる部分以外は、徹底的にオープンに開示する。
このコミュニケーションへの起業家側の反応はさまざまです。次のラウンドで投資につながるケース、振り返って「あの時のアドバイスが次のラウンドに生きました」という声、業界をしっかり調べてくれてありがたいというフィードバック。
VCも起業家から「お見送り」をされる立場でもあります。だからこそ、フェアにオープンに、というのがファーストライトキャピタルの姿勢です。
「第一印象の違和感」を握り潰さない [19:30-終]
最後に岩澤が口にしたのは、仕組みの話を一通りしてきた上での、もう一つの大切な視点でした。「第一印象の違和感」を握り潰さない、ということです。
人は見た目が9割、というほど単純な話ではない。しかし初対面の時に感じた違和感は、その後一度消えても、どこかで必ず顕在化する。これは経験的に強く感じる部分だといいます。
仕組みを作り、型を作り、バイアスを排除する。それはもちろん大事です。ただ同時に、人間の本能的なアラートにも耳を傾ける。初対面で「違和感があるな」と感じた瞬間は、極めて正しいアラートであることが多い。
仕組みと感覚。論理と本能。意思決定の質を上げていくためには、その両方を組み合わせていく必要があるのです。
おわりに
VCの仕事は、95%が「お見送り」です。投資した数より、断った数のほうがはるかに多い。そしてその「見送る」という判断にこそ、VCの思考の精度が問われます。
今回の対話から見えてきたのは、意思決定の本質はVC業界に限らず普遍的だということです。
一貫した軸を持つこと。自分のバイアスを認識し、他者から意見をもらうこと。見送る時こそ誠実にオープンであること。そして第一印象の違和感を握り潰さないこと。
これらは、転職や採用、日常の様々な選択においても、そのまま応用できる視点です。何を選び、何を見送るのか。その判断の質を上げる技術は、VCの世界にも、私たちの日常にも共通するものなのかもしれません。
※この記事は、ポッドキャスト「VIVA VC」シーズン3第15回をもとに作成しました。番組では、投資を見送る判断の思考プロセスと普遍的な意思決定の技術についてさらに詳しく語っています。ぜひお聴きください。
執筆 : 岩澤 脩 | ファーストライト・キャピタル 代表取締役・マネージングパートナー
編集 : ファーストライト・キャピタル | リサーチ・チーム
2026.7.6
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