はじめに
「ホテルにタクシーを呼ぶには、3日前までに予約してください」地方出張に慣れていない人にとっては驚きの一言かもしれません。しかし2021年頃から地域を回り続けている岩澤にとって、これはもはや日常的な風景です。
東京に暮らしていると、日本全国の感覚がどんどん見えなくなっていきます。タクシーアプリで瞬時に車が来る都市と、レンタカーが交通の前提となる地域。そのギャップは、単なる便利さの違いではなく、人口減少社会の最前線がどこにあるかを示しています。
ファーストライトキャピタルは2024年7月、全国9つの地域金融機関とともに「地域課題解決DXコンソーシアム」を立ち上げました。VCと地銀が全国規模で組むという、日本で初めての取り組みです。今回のVIVA VCは、この活動の背景と、そこから見えてきた地域とスタートアップ・AIの新しい関係について、岩澤とチーフアナリストの早船が語り合います。
※この記事は、ポッドキャスト「VIVA VC」シーズン3第13回をもとに作成しました。番組では、地域課題解決DXコンソーシアムの活動とそこから見えてきた人口減少社会の最前線についてさらに詳しく語っています。ぜひお聴きください。
地方出張で見えてくる、変わらない景色 [冒頭-04:00]
岩澤が地方を回り始めたのは2021年から2022年頃のこと。
最近の地方の景色について早船から問われた岩澤が口にしたのは「あまり変わっていない」という感覚です。ホテルには相変わらず「3日前までにタクシーをご予約ください」という張り紙が貼ってあります。
ただし、岩澤自身の動き方は変わりました。タクシーが捕まらないことに驚いていた時期から、レンタカーを借りて回ることを前提に行動するスタイルへ。「DXじゃなくて、こちらがトランスフォーメーションしている」というのが岩澤の表現です。地方にフィットしていく動き方になっているからこそ、以前ほどの違和感を感じなくなっているといいます。
地域の金融機関の方と飲むときには、日本酒をたくさん飲む準備をしていく。人間というのは最適化する能力があるのだ、と岩澤は笑います。
一方で、この3年ほどで明らかに変わってきたこともあります。それは「スタートアップ」というキーワードの浸透度です。地域の方と話していても、ベンチャーキャピタルとは「スタートアップに投資する人」だという認知が確実に上がってきている。AIの活用も、地域の方々のあいだで進んでいる手応えがある。岩澤はそう感じています。
「地域課題解決DXコンソーシアム」とは何か [04:00-08:00]
今回のテーマは、聞き慣れない言葉から始まります。「地域課題解決DXコンソーシアム」とは何か。
これは2024年7月、ファーストライトキャピタルと全国9行の地域金融機関で立ち上げた、広域連携の枠組みです。地域に進出したいスタートアップと、人手不足に悩む地域企業を結びつけていく仕組みです。
VCはスタートアップに対する知見を持っています。地域金融機関は地域の事情や企業の経営相談に乗ってきた歴史があります。両者が組み合わさることで、ITやSaaS、DXソリューションを日本全国に届けていくことが狙いです。
なぜこの取り組みを始めたのか。岩澤はこう説明します。ファーストライトキャピタルの投資先には、産業特化型のDXやAIのスタートアップが多い。建設業の現場を遠隔で監視するソリューション、介護施設のAIカメラのソリューションなど、いずれも顧客は地域に分散しています。業界によっては9割の顧客が東京ではなく地域にいるという状況です。
スタートアップが単独で各地域に拠点を作り、展開していくのは資金的にも難しい。しかしこのコンソーシアムに来れば、全国の介護事業者に地銀を介してアプローチできる。そういう構造を作ることが目的でした。
早船は、ここに自分自身の問題意識があったと語ります。2010年代にITやSaaSが広まっていく中で、「The Model」のような営業手法が発明され、都市部のアーリーアダプターに最速で届けるノウハウが一気に広まりました。これが2020年前後のSaaSブームの追い風にもなった。しかしその方法を地方や地域にそのまま適用しても、なかなか広まらないというのが、多くのスタートアップから聞こえてきた声だったといいます。
岩澤も振り返ります。これまでスタートアップにとって地域経済は距離感の近い相手ではありませんでした。東京近郊の大企業を攻めていれば一定の売上は立った。しかし建設、医療、教育など、産業特化型のスタートアップが2020年以降に増えてきたことで、「全国に行かなければいけない」という課題が顕在化してきたのです。
ビジネスマッチングではなく、「人口減少」と向き合う取り組み [08:00-13:00]
このコンソーシアムには、もう一つの「裏ミッション」があります。
単にビジネスをマッチングしているわけではない、と岩澤は強調します。本質は、日本が直面している人口減少という課題に光を当て、それをスタートアップに知ってもらうこと。地域経済をつなげているように見えて、実は地域の最前線にある人口減少の課題をスタートアップ側に伝えていく取り組みでもあるのです。
人口減少や労働力不足は、メディアでも大上段に報じられます。しかし「具体的にどう変えるか」「どう解決するか」となると、思い至る人は少ない。岩澤は、そこに二つの問題があると指摘します。
一つは「課題が見えていない」こと。人手不足はひとくくりにされてしまっており、各産業別にどういう問題が起きているのかが明らかにされていません。
もう一つは「課題を解けるスタートアップが見えていない」こと。実際には日本にたくさんの解決策があるのに、誰がその担い手なのかが分からない。スタートアップ業界の中でも、産業別に整理されている情報は乏しいのが実情です。
社会課題として大きな日本のアジェンダがあることは皆が理解している。しかしそこにスタートアップが結びつかない。これがこれまでの大きな問題点でした。
40ページの渾身レポート。3つの軸で産業を解剖する [13:00-17:30]
先月、このコンソーシアムの2年間の活動から得られた知見をまとめた活動報告書がリリースされました。早船と、もう一人の共同パーソナリティの真島が、半年がかりで作り上げたものです。
このレポートは、製造業、建設業、医療福祉といった領域ごとに、3つの軸で分析されています。
一つ目が「産業別DX取り組み緊急度」。需給ギャップから算出した数字で、どの業界でDXが急務なのかが見えてきます。二つ目が「課題を解決できるスタートアップ」のリストアップ。どれくらいの資金がそこに投じられているのかも整理されています。三つ目が「地域産業のDX浸透度」です。
ここまで体系的に産業別にDXの実態を整理した資料は、岩澤自身も見たことがないといいます。ファーストライトキャピタルのホームページから全編無償でダウンロードできるので、単なる読み物としても楽しめる内容です。
早船はこのレポートを通じて「東京にいると、地域や地域のDXの課題は決して見えてこない」と実感しました。
2040年まで日本は人口減少社会に入っていきますが、東京だけは人口が増え続けます。他の地域は基本的に人口が減り、労働力が不足していく。東京で普通に暮らしていると、日本全国の感覚との乖離はどんどん広がっていく。その結果、選挙の結果や経済指標への反応に違和感を抱くことが、これから増えていくのではないか。岩澤はそう見ています。
「この業界ではこういうことが起こっている」「この業界ではこれくらいしかDXが浸透していない」。そういう視点を持ってレポートを見ていただくと、面白いはずです。
なぜ地銀がスタートアップやDXに本気になるのか [17:30-21:00]
ここで早船が素朴な疑問を投げかけます。「地銀がITやDXに力を入れているのは、そもそもなぜなのか」。地銀と聞いて、すぐにそのイメージが湧く人は少ないかもしれません。
岩澤はこう答えます。「究極、人口減少なんですよね」と。
地銀はこれまで、地域から預金を集め、それを地域の企業に貸し出すのが本業でした。賄いきれない分は証券や国債で運用する。しかしバーゼル3などの規制でリスクを取りづらくなり、運用だけでは賄えなくなった。何より人口が減る中で、地銀の本業そのものが立ち行かなくなることが見えてきました。
そこで「第三の柱」として、新しい産業を地域で立ち上げるという発想が出てきます。スタートアップ、DX、そして「地域エコシステム」。10年20年のスパンで、人・モノ・金をエコシステムとして地域で回していく。地銀各社が長期ビジョンとしてこれに取り組み始めたのが、ここ5年の大きな流れです。
地銀の一丁目一番地の経営戦略と、コンソーシアムのミッションがフィットした。だからこそ多くの地銀が参加してくれたのだと、岩澤は手応えを語ります。
3か月に1度の三部構成。座学・ピッチ・事例共有 [21:00-25:00]
実際の活動は、3か月に1回の定例会を軸に進んでいます。事務局長は共同パーソナリティの真嶋が務めており、全国の地銀から東京に50人ほどが集まる規模です。
定例会は三部構成です。
第一部は座学。各産業別の人口減少に伴う課題を学ぶパートで、早船やキャピタリストが登壇したり、野村総研からのレクチャーを受けたりしています。
第二部は、産業別に地域の人手不足を解決するスタートアップを選別し、ピッチをしてもらう場。「どういうスタートアップが地域課題を解決するのか」のショーケースです。
第三部は、実際に成功事例のある地域企業に登壇してもらい、スタートアップとのベストプラクティスを聞く時間。「なんで入れたんですか」「入れる前は何に困っていたんですか」「導入時に抵抗はなかったんですか」。リアルな掛け合いを地域金融機関と一緒に聞くという、かなり斬新な枠組みです。
会の後は飲み会で、地銀各社が持ち回りで地域ご自慢のお酒と食材を持参するというのも、このコンソーシアムらしさです。
早船は、東京にいては見えない景色がここにあると感じています。地域企業の2代目3代目で、東京で働いていたが地元に戻ってDXを推進している若手経営者たちの活用度は、想像以上に高い。各地域で本気で考えている方が多くいる、というのも一つの発見でした。
成果と、想像していなかった価値 [25:00-28:00]
世の中の多くのコンソーシアムや勉強会は、ともすればお飾り的なものになりがちです。しかしこのコンソーシアムでは、実際の成果も出始めています。
地銀がスタートアップに直接投資するケースが多発しています。これまで地銀から見ると、スタートアップは「何者か分からない」「投資しても全部東京に吸い取られてしまうのでは」というイメージがあった。しかし第二部で地域に直結するスタートアップを取り上げたことで、地銀が直接出資し、地域に誘致するという動きが生まれています。
自動車ディーラー向けのコミュニケーションツールを提供するcocoは、全国の地銀から出資を受けて全国展開を進めています。元代金の起業家が立ち上げた現場Hubは、このコンソーシアムを起点に鹿児島での全県展開につながりました。草の根的に、いろんなつながりがここで生まれていることを、岩澤は2年間の活動を通じて実感しています。
そして岩澤自身も想像していなかった価値もあります。それは「地銀同士の横のつながり」です。
9つの地銀のスタートアップ・DX担当者、つまり30代40代の前線で動いている人たちが一堂に会する場は、これまでありませんでした。スタートアップやDXという看板を背負う人たちが横でつながり、お互いの事例を共有し、共同投資をする。これ自体に大きな価値があると、岩澤は手応えを口にします。
AI時代、地域の切迫感が「リバースイノベーション」を起こす [28:00-終]
最後に話題は、これからの2年間のテーマに移ります。
この2年間で、DXやIT化の重要性に加えて、AIという大きな潮流が来ました。早船は、このAIというテクノロジーは「地域や地方でこそ生きるのではないか」という感覚を持っているといいます。
岩澤の見方は明快です。「AIを活用しなければいけないというコンテキストが、東京やアメリカで語られている話と、地域の前線の話とでは全然違う」。
アメリカではAIが人にとって脅威であるとか、どこを人間に残すのかが議論の中心になっています。東京もこれから同じ方向に進んでいくでしょう。しかし地域の前線では、すでに「人がいない」。建設業ではあと15年で100万人が不足するとも言われています。
つまり地域では、AI活用の準備がすでに整っている。「どういうツールがあるのか」を、喉から手が出るほど欲している状況です。
ここから岩澤が予測するのは、ある種の「テクノロジーの一足飛び」です。今までDXと言われていたものが、場合によってはDXやSaaSを飛び越えて、いきなりAI活用に向かう。アフリカでいきなりフィンテックが普及したような現象が、日本の地域でも起こる可能性があると岩澤は見ています。これは典型的なリバースイノベーションの構図です。
しかも地域企業にとってAI活用は、単なる業務効率化の話ではありません。地域そのものの価値創造の話になっている。自治体も含めた大きな取り組みになっていく、というのが岩澤の言葉です。
VCの立場から、ここをしっかり広報支援していきたい。それが、これからのコンソーシアムの方向性です。
おわりに
「東京にいると、地域の課題は決して見えてこない」。今回の対話を貫く、最も重い一言かもしれません。
人口減少や労働力不足という言葉は、日々のニュースで何度も耳にします。しかしその「最前線」がどこにあり、そこでどんなツールが求められ、誰が解決しようとしているのか。そこまで具体的に見えている人は、決して多くないはずです。
「地域課題解決DXコンソーシアム」が示すのは、VCと地銀、スタートアップと地域企業という、これまで距離のあった存在をつなぎ直す試みです。そしてその先には、AI時代に「効率化」を超えて「価値創造」を地域から始めるという、新しい構図が見えてきています。
日本のスタートアップ業界の議論は、ともすれば東京の景色を前提に進みがちです。しかし本当に解くべき課題は、ここではない場所にある。そう気づくきっかけが、このレポートを開くことから始まるかもしれません。
※この記事は、ポッドキャスト「VIVA VC」シーズン3第13回をもとに作成しました。番組では、地域課題解決DXコンソーシアムの活動とそこから見えてきた人口減少社会の最前線についてさらに詳しく語っています。ぜひお聴きください。
執筆 : 岩澤 脩 | ファーストライト・キャピタル 代表取締役・マネージングパートナー
編集 : ファーストライト・キャピタル | リサーチ・チーム
2026.6.24
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