はじめに
アメリカでは、防衛テック・デュアルユース領域のユニコーン企業がこの5年で4倍に増え、今や20社以上が存在しています。その筆頭であるアンドリルは、シリーズHで50億ドルの調達を実現し、日本法人の設立まで発表しました。一方、日本ではつい最近まで、スタートアップが防衛省と契約を結ぶだけで2〜3年かかることが当たり前でした。
しかし、2025年に入ってから日本の制度環境は急速に変わりつつあります。防衛装備の輸出規制が緩和され、調達スピードを抜本的に改善する仕組みが整い始めたのです。では、この変化は本当にスタートアップにとってのチャンスを意味するのでしょうか。そして、日本ならではの強みが活かせる領域はどこにあるのでしょうか。
今回は、ファーストライトキャピタル代表の岩澤とプリンシパルの真島が、日本の防衛テック・デュアルユースをめぐる最新動向を深掘りします。制度改革の読み解きから、アンドリルの意外な出発点、そしてVCに求められる役割まで、幅広く議論しました。
※この記事は、ポッドキャスト「VIVA VC」シーズン3第14回をもとに作成しました。番組では、防衛テック・デュアルユースの最新動向とスタートアップの戦い方についてさらに詳しく語っています。ぜひお聴きください。
「越境」から始まった問題意識——経済安全保障という新しい地図 [01:50-04:19]
今回のテーマが生まれた背景には、岩澤自身の学びの体験があります。現業に追われると、同じ業界の専門性は深まる一方で、異なる世界に触れる機会を意識的に作らないと持ちづらくなります。その問題意識から、岩澤は2年前に麻布十番にある国際文化会館の「新渡戸リーダーシップ・プログラム」に参加しました。
このプログラムは戦後から続く歴史ある取り組みで、現在15期を数えます。毎年12人ほどが選抜され、医師、官僚、国際機関関係者、金融業界人など、異なる業界の同世代が半年間にわたって学びを共にします。スタディツアーで岩手に赴くこともあれば、室伏広治や遠山正道といった各界のトップランナーから直接レクチャーを受ける機会もあります。
岩澤にとってこのプログラムで最も大きな「開眼」となったのが経済安全保障でした。それまで国際政治にほとんど触れてこなかった岩澤が、東大の鈴木先生やシンガポールのシンクタンクIISSの所長から東シナ海周辺の安全保障についてレクチャーを受け、新しい視座を得たといいます。「人生が変わった」という実感が、今回の防衛テック・デュアルユースというテーマにつながっています。
日本の防衛テックをめぐる3つの制度変化 [05:14-09:03]
シーズン2第6回で防衛テックを取り上げてから約1年。この間に、日本の制度環境は大きく3つの点で変化しました。
1つ目は、「防衛装備移転三原則」における「5類型」の撤廃です。2025年4月22日に改定されたこの規制変更により、日本が開発した防衛装備を海外に輸出できる道が実質的に開かれました。もちろん、技術移転協定を結んでいる特定の国への供与に限られるなど条件はあります。しかし重要なのは、防衛産業では1つのプロダクトを開発するのに莫大なコストがかかるため、国内市場だけで閉じていると開発コストが上がり続けるという構造的課題があったことです。同志国への輸出が可能になれば、量が増えてコストを下げられる——つまり、デュアルユースのスタートアップにとって「事業化・収益化できないリスク」が抑えられ、参入しやすくなることを意味します。
2つ目は「ファストパス調達」の導入です。これまでスタートアップが国の仕事をするとなると、随時契約と言えども実質的に1〜3年のスパンがかかることは珍しくありませんでした。防衛省はこれを改め、公募から3ヶ月半で契約できる仕組みを整備します。「アジャイル型」の開発調達という考え方もセットで打ち出されており、スタートアップがよりスピーディーにプロダクト開発を進めながら国と連携できる環境が整いつつあります。
3つ目は「スタートアップ総力創出パッケージ」(2026年5月20日公表)における前払い・部分払いの解禁です。国のプロジェクトはこれまで後払いが原則でした。しかし資金繰りが大手企業より厳しいスタートアップにとって、前倒しで一定の資金を受け取れるようになることは、大企業との連携のしやすさに直結する変化です。
アンドリルから学ぶ——「牧場」から始まったデュアルユース戦略 [09:25-16:35]
制度が整っても、そもそも防衛産業だけに特化した形での起業は難易度が非常に高いと岩澤は冷静に見ています。海外を見渡しても、防衛産業の単発で成長したプレイヤーはほとんど存在しません。では、どうすれば産業として立ち上げられるのか——その答えとして参照に値するのが、アメリカのアンドリルです。
アメリカにおける防衛テック・デュアルユースのユニコーンは現在20社以上存在し、この5年で4倍に増えています。その中核を担うアンドリルは、アンドリルに投資するVCのカイル・ハリソンが著した本でも注目されています。アンドリルが成長できたポイントとして、岩澤は3つを挙げています。
1つ目は、既存の大手防衛企業が「コストプラス契約」という硬直した仕組みに縛られており、スタートアップが入れる構造的な余地があったことです。日本で言えば三菱重工のような巨大プレイヤーが国との契約を独占するなかで、官の側にも低コストでスタートアップと連携するメリットが生まれていたというマクロ環境がありました。
2つ目は、調達モデルの転換です。従来の防衛産業では、国からお金をもらって研究開発し、製品を納品するというサイクルが一般的でした。アンドリルはこれを逆転させ、VCから大型の資金調達を行い、自分たちでプロダクトを先行して作り上げたうえで国に売り込むという手法を取りました。国のニーズに依存するのではなく、まず作って、使い勝手のフィードバックをもらいながら開発を重ねるというアプローチです。
3つ目が、デュアルユースの切り口として最初に「牧場」から入ったという事実です。アンドリルは防衛領域にいきなり参入したわけではありません。最初の実証実験は、国境付近の土地で麻薬密売に悩む牧場主のために監視塔のシステムを作るというものでした。軍や国防とは直接関係のない民間の課題から入り、そこで技術を磨いてから防衛領域へと展開したのです。
かつては軍事技術が民間に流入するという方向が主流でした(インターネットやGPSがその典型です)。しかし今は、民間での実用から始まって軍事・安全保障に応用されるという流れが主流になりつつあります。日本においては、防災がその「民間の入口」として大きなテーマになりうると岩澤は見ています。
大企業がいても勝てる——スタートアップの強みは「高回転」にある [16:37-18:37]
グローバルの巨大プレイヤーとの競合問題と並んで、もう一つ重要な論点が三菱重工のような重厚長大な国内大企業との向き合い方です。
防衛テックにおいてスタートアップが差別化できる領域はまだ明確に定義されていないというのが率直なところです。しかしここで参照すべきは、ITスタートアップとSIerの関係性です。SIerが大量に存在するからといって、ITスタートアップが活躍できないわけではありません。スタートアップの強みは、ニッチな用途に特化した製品を高速で提供し、その後も次々とアップデートし続けることにあります。防衛テックでも、同じ構図が成り立つと考えられます。
さらに、役割分担という視点も有効です。アンドリルは製造すること自体に価値を置いていません。彼らが目指すのは、ドローンなどのシステムが動くOS(基本ソフトウェア)のレイヤーを押さえることです。ハードウェアは大企業、ソフトウェアレイヤーはスタートアップ、という分業の形が、日本においても現実的な戦い方になるかもしれません。
また、日本国内で「必ず国産でなければならない」領域として明確に挙げられるのがサイバーセキュリティです。サイバー攻撃を受けた際の情報や対応ログは、海外のサーバーに持ち出すことができません。そのデータを国内で蓄積・活用するためのシステムは、国産スタートアップにとって構造的に有利な領域です。
VCに求められるのは「人材の流動性」をつくる役割 [18:40-終わり]
日本における防衛テックのエコシステムを構築するうえで、VCに何が求められるのか。岩澤が挙げるのは「人材の流動性」です。
アメリカでは、国防総省で働いた人材がキャピタリストになり、VCの人間が国の政策に携わるという「リボルビングドア」と呼ばれる人材循環が機能しています。また、パランティア、シールドAI、アンドリル、スペースXといった防衛テックスタートアップ自体も、互いに人材が行き来しながら「群」として産業を形成しています。産業が立ち上がるためには、突出した1社ではなく、人材が循環するプラットフォームが必要なのです。
真島が紹介した『テクノロジカル・リパブリック』(パランティアの共同創業者に関する書籍)は、かつてスタートアップと官が近かったアメリカの関係を再構築する動きを描いています。日本でも同様のエコシステムを意図的に作っていく必要があり、そこでVCが担える役割は、経済安全保障の専門家や防衛・防災の前線にいる人材を起業家と結びつけることにあると岩澤は考えています。自分たちの専門性を活かしながら、異なる業界の専門家と越境して議論する——それがVCにとっての学び続ける理由でもあります。
おわりに
「防衛テックは熱い」という言葉は今や珍しくありませんが、岩澤が強調するのは冷静さです。制度が整い始めたこと、そして海外に参照すべき事例があることは確かです。しかし、防衛産業単発での起業は依然として難易度が高く、成功の鍵は「デュアルユース」の設計にあります。
アンドリルが牧場の監視システムから始めたように、民間の課題を入口として技術を磨き、そこから防衛・安全保障へ広げていく道筋が、日本においても最も現実的なアプローチです。大企業との競争を恐れるよりも、高回転のプロダクトアップデートとソフトウェアレイヤーでの差別化に強みを寄せること。そして何より、人材が業界をまたいで循環するエコシステムを、VCも含めた各プレイヤーが意識的に育てていくこと——これが日本の防衛テックを本当に「離陸」させるための条件ではないでしょうか。
※この記事は、ポッドキャスト「VIVA VC」シーズン3第14回をもとに作成しました。番組では、アンドリルの成長戦略の詳細や、日本のサイバーセキュリティ領域の可能性についてさらに詳しく語っています。ぜひお聴きください。
執筆 : 岩澤 脩 | ファーストライト・キャピタル 代表取締役・マネージングパートナー
編集 : ファーストライト・キャピタル | リサーチ・チーム
2026.6.30
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