はじめに
「名ばかり社外取締役」という言葉をネットで検索すると、驚くほど多くの結果が出てきます。高額報酬への懐疑的な視線、形式的なガバナンスへの批判——社外取締役という役職は、なかなか実態が見えにくいものです。
しかし、VCキャピタリストが社外取締役に就任する場合、その実態は多くの人が思い描くものとは大きく異なります。報酬は無給。株主としての立場と取締役としての立場を常に使い分けながら、起業家に対して時に厳しい意思決定を迫る役割を担います。
今回は、2025年に初めて2社の社外取締役に就任したファーストライトの岩澤が、その就任前後の変化と「名ばかり」にならないための条件を、プリンシパルの真島との対話の中で語ります。
※この記事は、ポッドキャスト「VIVA VC」シーズン3第8回をもとに作成しました。番組では、VCキャピタリストとしての社外取締役の実態と、起業家がVCを選ぶ際の視点についてさらに詳しく語っています。ぜひお聴きください。
「同じ船に乗る」ことの意味——株主と取締役、二つの帽子 [06:07-09:31]
ベンチャーキャピタリスト歴8〜9年にして、初めて社外取締役に就任した岩澤。就任にあたって取締役としての役割を学ぶ研修にも参加しました。
その研修と実務を通じて最も大きく変わったのは、「二つの帽子を常に被り替えなければならない」という感覚だといいます。
株主として投資先に関わる時、その目線は一つです。企業価値が上がり、IPOに向けて成長していくことを願う。しかし取締役に就任した瞬間、その人は「同じ船に乗った」状態になります。株主の利益とは必ずしも一致しない場面においても、取締役として投資先の一経営者として意思決定しなければならない——この両立が、VCの社外取締役の本質的な難しさです。
さらにVCの社外取締役は、上場時に求められる「独立社外取締役」にもカウントされません。利害関係者であるVCは、会社の事業に関わらない外部の目線でガバナンスをチェックする独立取締役とは異なるポジションです。株主でも独立取締役でもない、絶妙な中間に位置する存在として、誠実に役割を果たし続けることが求められます。
その誠実さを担保するために重要なのが、善管注意義務の使い分けです。ファンドの運用者としての善管注意義務と、取締役としての善管注意義務——両方を同時に負いながら、客観的な視点で今どちらの立場で発言しているかを意識し続けること。取締役会においては、社外取締役としての背番号を背負って臨むというのが岩澤のスタンスです。
株主定例と取締役会——何がどう変わるのか [09:34-12:31]
社外取締役への就任前後で変わったことは、役割だけではありません。時間の使い方、特に事前準備の質と量が大きく変わりました。
株主定例においては、資料が前日や2日前に届き、当日その場でアジェンダが固まりながらディスカッションが進むことも少なくありません。株主も複数社から参加しており、流れの中で論点が見えてくるという側面があります。
しかし取締役会は構造が異なります。招集通知と資料が事前に送られてきて、決議事項・報告事項がすべてリストアップされた状態で会議に臨まなければなりません。それらをすべて読み込んで正しい意思決定ができる状態にしておく——この事前準備に費やす時間と密度は、一株主として参加する時とは比べものにならないほど違うと岩澤は言います。
意思決定の「重さ」も異なります。株主定例では複数のVCが同席し、議論を通じて方向性を作っていく感覚がありますが、取締役会での意思決定には「後ろに誰もいない感じ」がある——岩澤はそう表現します。
また、VCとして株主定例で起業家と向き合う時の姿勢はあくまで「寄り添う視点」ですが、取締役会においては「エージェンシー問題」——経営者と株主の利益相反を監視するガバナンスの役割——に直接向き合います。事業側がやりたいと言っていることに対して、取締役会として説明責任を求め、不十分であれば否決する。そういう厳しいコミュニケーションも求められる場が、取締役会です。
「名ばかり」にならないための3条件 [12:31-22:02]
社外取締役について「名ばかり」という批判が絶えません。その背景には、高額報酬に見合った役割を果たしていないのではないかという懐疑的な目線があります。しかしVCキャピタリストが就任する社外取締役は、基本的に無給です。LP(出資者)の財産を守るという観点からも、報酬を受け取ることは適切でないという考え方が根底にあります。
では、何のためにその役割を引き受けるのか。それは純粋に投資先の成長支援の一環であり、ガバナンスに直接関与することで起業家と会社を守るためです。
「名ばかり」に陥らないために岩澤が重要だと考えるのは、まず社外取締役としての役割を正しく理解することです。数字のモニタリングだけでなく、ガバナンス強化、人事制度・ストックオプションの設計への関与、IPOに向けた戦略策定、上場後の投資家向けストーリー作り、経営陣との対話——こうした多岐にわたる要素を理解して準備しておくことが前提になります。
スキル面では3つの要素が重要だと岩澤は整理します。一つ目は「投資先の起業家よりも少し先を行く経験」です。ミドルステージからIPO直前にかけてどの会社も直面する典型的な課題というのは、ある程度パターン化されています。過去の会社経験や別の投資先での経験から「こういう時期にこういう事故が起きやすい」と伝えられることは、大きな価値を持ちます。
二つ目は「端的に物事を伝える力」です。取締役会は1時間の中で決議事項・報告事項を複数こなします。7〜8人、場合によっては10人以上の役員がいる中で、議事録に残る発言を空気を読みながらタイムマネジメントして行う——この力は意識的に鍛えていかなければ身につきません。三つ目が「倫理観・道徳観」、岩澤の言葉ではインテグリティです。投資先の起業家からは、社外取締役が株主としての利害だけで発言しているのか、高い倫理観を持って客観的な立場で帽子をかぶり直して発言しているのかが、実は見えています。正解のない議題に向き合い続ける中で、この一つひとつの発言の誠実さが、長期的な信頼関係の土台になります。
起業家こそ、VCにリファレンスを取るべき [22:11-25:56]
真島はここで一つの問いを立てます。ハイレベルなディスカッションパートナーとしてのVCという価値は、採用支援やPR支援のような可視化しやすい支援と異なり、体験価値でしか理解できない部分が大きい。それを起業家側はどう見極めればいいのか、と。
岩澤の答えは明快です。「そのキャピタリストから出資を受けている起業家、少なくとも3人に聞く」ことです。
対外的な露出やメディアでの発信、実績の数字——これらも参考にはなります。しかし実際に一緒にやっている起業家にしか見えない景色があります。うまくいっている先だけでなく、うまくいっていない先の起業家にも聞くことで、そのキャピタリストが厳しい局面でどういう関わり方をしているか、本当に難しいコミュニケーションを起業家に対してとっているかどうかが見えてきます。
VCが投資先にリファレンスを取るのは一般的ですが、起業家がVCにリファレンスを取るという逆の流れはまだ少ない。しかしシード・アーリーステージにどのVCから出資を受けるかは、その後の会社の文化形成とも一体になっています。誠実性、多様性、どういう人材を採用し、どういう会社にしていくか——初期のキャピタリストの影響は、思いのほか大きいのです。
おわりに
社外取締役という役職の「見えざる中身」は、想像以上に重く、地道なものでした。報酬なし、事前準備への時間投資、二つの帽子の使い分け、倫理観に基づいた発言——これらは、投資先の成長に本気で向き合おうとするキャピタリストにしか引き受けられない仕事です。
ハイレベルなディスカッションパートナーとは何かを問い続けながら、起業家と同じ船に乗り続けること——それがVCの社外取締役という仕事の本質ではないでしょうか。
※この記事は、ポッドキャスト「VIVA VC」シーズン3第8回をもとに作成しました。番組では、VCキャピタリストとしての社外取締役の実態と、起業家がVCを選ぶ際の視点についてさらに詳しく語っています。ぜひお聴きください。
執筆 : 岩澤 脩 | ファーストライト・キャピタル 代表取締役・マネージングパートナー
編集 : ファーストライト・キャピタル | リサーチ・チーム
2026.5.20
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