はじめに
資金調達をしたスタートアップの約7割は、首都圏に集中しています。一方で、建設・製造業・物流・医療といった産業にDXやAIのサービスを届けようとすると、その潜在顧客の9割近くは、東京の外——全国各地の地域に点在しています。「作り手は東京、買い手は地域」。この大きな溝こそ、いま多くのスタートアップが直面している現実です。
ベンチャーキャピタル(VC)は4年に1度ファンドを立ち上げ直す仕事であり、ファーストライトキャピタルもいよいよ3号ファンドに向けて動き出しました。全国を飛び回るなかで見えてきたのが、「スタートアップの地域展開」という、いまやどの企業にとっても避けて通れないテーマです。なぜ「スタートアップ×地域」はこれほど難しいのか。そして、うまくいく企業は何が違うのか。岩澤と真島の対話から、その輪郭を描いていきます。
※この記事は、ポッドキャスト「VIVA VC」シーズン3第12回をもとに作成しました。番組では、スタートアップの地域展開の難しさと突破口についてさらに詳しく語っています。ぜひお聴きください。
顧客の9割は地域にいる——「東京とローカル」のリアルな距離[03:56-07:03]
かつてスタートアップのサービスは、まず情報感度やITリテラシーの高い「イノベーター層」に届け、一過性のマーケットを取りにいくのが定石でした。しかし、状況は変わりつつあります。freeeやマネーフォワードといった大手SaaSが、すでに地域へと展開を広げているのです。背景にあるのが東証グロース市場の改革です。上場を維持するために「5年で時価総額100億円超」が求められるようになり、その売上を作るには首都圏のお客様だけでは足りません。だからこそスタートアップも全国に拠点を構え、地域企業にソリューションを届ける——この流れが、去年あたりから一気に強まっています。
数字で見ると、溝の大きさがよく分かります。ファーストライトキャピタルが昨年集計したデータによれば、産業特化型のDX・AIスタートアップにとって、東京近郊にいる顧客はどの業界でも10%を切り、下手をすれば5%ほど。建設・製造業・物流・医療など、いずれの業界も9割近くの潜在顧客が地域に点在しています。一方、SPEEDA(スピーダ)のデータでは、資金調達をしたスタートアップの約7割が首都圏に集中しています。作り手は東京、買い手は地域。この地理的・心理的なギャップこそが、地域展開の難しさの正体です。
8年間、ほとんど変わっていない——地域展開が進まない理由[07:18-11:23]
岩澤が投資を始めたのは8年ほど前。その頃と比べて、スタートアップの地域展開はどれだけ進んだのか。率直な実感は「ほとんど変わっていない」というものです。「やらなければいけない」という意識はあっても、ラストワンマイルで地域企業とどう連携するか、地域をどう攻めるかという実行の部分に、いまも壁が残り続けています。
理由はいくつかあります。ひとつ目は、あまりにも「オンラインで済ませようとしている」こと。スタートアップはフルリモートの働き方が根強く、東京の大企業に営業するのと同じ感覚で、初対面でもオンラインで済ませ、現地には足を運ばない。しかし地域企業からすれば、そのスタートアップが何者かも分からず、信用のしようがありません。
ふたつ目は、地域金融機関や地域のシステム会社といった「橋渡し役」と共創する視点が乏しいこと。よく「ビジネスマッチング」と呼ばれる仕組み——地銀がスタートアップを取引先に紹介し、手数料を得る——も、実際にはほとんど機能していないという声が多いのです。
その根っこには、構造的な問題があります。スタートアップの多くはサブスクリプション(月額課金)で売るため、一度に何億円も動くような商売ではありません。たとえば1IDあたり月額10万円のサービスを紹介して10%の手数料を取っても、入るのは1万円ほど。紹介する側にとって、労力に見合う収益になりにくいのです。地域市場はロングテールで顧客獲得コスト(CAC)も高止まりしやすく、自力で人海戦術の拠点展開ができるのは、何十億・何百億円を調達した一部の企業だけ。数億円規模では、簡単に踏み込めません。
さらに、地域や地域金融機関の側には「拠点を出してくれたら連携できるのに」という期待があり、スタートアップの拠点数を目標値に掲げる地域すらあります。しかしスタートアップからすれば、売れる確証もないまま拠点を出すのは大きなリスクであり、コストもかかる。ここでも、双方の思惑がかみ合わないのです。
うまくいく企業がやっていること——「エリア戦略」と現場の信頼 [11:41-14:14]
では、うまくいっている企業は何が違うのか。岩澤が挙げる一例が、製造業向けにソフトウェアを提供する匠技研工業です。先日は静岡銀行との連携をリリースし、各地域で着実に成果を出しています。もう一社、設備工事会社向けのサービスを手がける現場hubも、鹿児島銀行とビジネスマッチングのアライアンス契約を結ぶなど、地域に深く入り込んでいます。
両社に共通するのは、現場に足を運び、地域企業の課題感を直接つかみにいく姿勢です。匠技研工業の前田さんや原さん、現場hubの岡田さんや神崎さんは、東京にいる日のほうが少ないほど、地域へ足繁く通っています。
そして、全方位に手を広げるのではなく、静岡や鹿児島といった特定のエリアに絞り、その地域のパートナーと一緒にやり方を組み上げていく。いわば「エリア戦略」です。「北海道はこのチャネル」「九州はこのチャネル」と一気に流し込もうとしても、それだけではうまくいきません。地域企業の信用力、そして紹介してくれる地銀やシステム会社といったパートナーのニーズを、時間をかけて密に組み上げる。ときには飲み会を重ねて人間関係を築くことも欠かせません。遠回りに見えても、特定のエリアで現場の解像度を上げ、信頼を積み重ねていく——それが、結果につながっています。
同じやり方では勝てない——ラジオ、国道沿い、そして「複層化」 [14:17-16:29]
うまくいかないケースにも、はっきりした型があります。首都圏と同じマーケティングや開拓方法を、そのまま地域に持ち込んでもスケールしない——これが、よくある失敗の罠です。首都圏ではネット検索に慣れた顧客が多く、ウェブマーケティングやSEO対策で接点を作れます。ところが、ひとたび地域に出ると、これがまったく効かないことが少なくありません。
地域企業に効くのは、むしろアナログなチャネルです。ラジオCMがコンバージョンに結びつきやすかったり、国道沿いの広告やOOH(屋外広告)が有効だったり。実は、海外のZoomも、最も伸びた広告チャネルは国道沿いの看板でした。いまでこそF1の広告を出す華やかな存在ですが、その出発点は意外なほどアナログだったのです。
うまくいく企業とそうでない企業の差は、こうした施策を単発でやるかどうかにもあります。鍵は、チャネルの「複層化」。一か所に集中するのではなく、地元での「地上戦」と、広告などの「空中戦」を組み合わせる。基本的なことのようでいて、地域ではとりわけ、全方位で動きながら、まず「信頼補完」という土壌を作ることが効いてきます。
「三方よし」をどう設計するか——パートナーが儲かる仕組み [16:30-18:57]
連携にも、うまくいくかどうかの大きな差があります。形だけ手を組むのではなく、中身を伴って地域企業に届けるためのポイントは何か。岩澤の答えは明快です。「パートナーのビジネスとして成立する設計ができるか」。
かつて、Salesforce(セールスフォース)やLINE(ライン)の代理店を手がける九州のシステム会社のエキスパートから聞いた話があります。スタートアップのSaaSはカスタマイズができず、パッケージのまま売ることになる。すると、先ほどの「月額10万円の何パーセント」という商売になり、サポートにも入れず、収益が立たない構造に陥ってしまう。一方、Salesforceのように一定のカスタマイズニーズがあり、地域企業向けに個別設計するプロジェクトが組めれば、それだけで人を雇えるほどの事業になります。パートナーが持てる「余白」の大きさが、連携の成否を分けるのです。
ファーストライトキャピタルが地銀と取り組む「地域課題解決DXコンソーシアム」も、同じ発想に立っています。地域企業とスタートアップを結びつけるだけでなく、間に立つ地銀にとっても新しいビジネスになるか。二者間ではなく、パートナーも含めた「三方よし」の仕組みを作れるかどうか。そこに視点を置くと、これまでとは違うやり方が見えてきます。第1期がまもなく終盤を迎えるこのコンソーシアムでも、新しいモデルは「生みの苦しみ」のなかで、地域金融機関とともに議論を重ねている最中です。
地域は「世界最先端」である——これから地域展開する起業家へ[19:00-20:50]
地域ごとに、産業の位置づけも歴史もまったく異なります。だからこそ、各地域をパッケージで一様に扱うのではなく、その地域それぞれの「顔」や「色」に、一つひとつ丁寧に向き合う。遠回りのようでいて、それが近道だ——というのが真島の考えです。
地域の人たちは、本当に地域のことを考えて来ているのか、ただ売りたいだけで来ているのかを、すぐ見抜きます。これは、東京のVCやスタートアップこそ学び、反省すべき点です。日本の人口減少は世界最速と言われ、地域はそのさらに先をいっています。見方を変えれば、世界最先端の課題が、いま地域にこそある。その気持ちで向き合えば、スタートアップもVCも、これまでと違う視点とマインドで地域と関わっていけるはずです。
おわりに
「作り手は東京、買い手は地域」という溝は、オンラインだけでは埋まりません。現場に足を運び、特定のエリアで信頼を積み上げ、パートナーも含めた「三方よし」を設計する。そして何より、各地域の「色」に丁寧に向き合う。スタートアップの地域展開に近道はなく、その地道さこそが、結局は最短ルートになります。
地域に出向き、ときには杯を交わしながら膝を突き合わせる。スタートアップが社会に溶け込み、地域企業と互いに学び合っていく——その先にこそ、日本のスタートアップの次の景色が広がっているのではないでしょうか。
※この記事は、ポッドキャスト「VIVA VC」シーズン3第12回をもとに作成しました。番組では、スタートアップの地域展開の難しさと突破口についてさらに詳しく語っています。ぜひお聴きください。
執筆 : 岩澤 脩 | ファーストライト・キャピタル 代表取締役・マネージングパートナー
編集 : ファーストライト・キャピタル | リサーチ・チーム
2026.6.19
ファーストライト・キャピタルでは、所属するベンチャーキャピタリスト、スペシャリストによる国内外のスタートアップトレンド、実体験にもとづく実践的なコンテンツを定期的に配信しています。コンテンツに関するご質問やベンチャーキャピタリストへのご相談、取材等のご依頼はCONTACTページからご連絡ください。
ファーストライト・キャピタルのSNSアカウントのフォローはこちらから!