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なぜ、経済安全保障の学びは地域経済の「必須科目」なのか

2026.08.05

人口減少

なぜ、経済安全保障の学びは地域経済の「必須科目」なのか

地域課題、スタートアップ、国際政治、経済安全保障 ———。

一見すると、それぞれ異なるテーマに見える。しかし、国際情勢の変化は、国家や大企業だけでなく、地域で事業を営む企業にも及んでいる。

米国のトランプ政権下で進む関税政策や輸出入規制の見直し、エネルギー・原材料価格の変動、サプライチェーンの分断は、調達コストの上昇や輸出機会の制限などを通じて、地域企業の事業にも大きな影響を与え始めている。

地経学や経済安全保障は、もはや国際政治だけの問題ではない。調達、販売、投資、技術、人材といった企業活動全般に関わる、重要な経営課題である。

そのような観点から「地域課題解決DXコンソーシアム」の第一期最終回では、東京大学公共政策大学院教授、地経学研究所長で経済安全保障の第一人者である鈴木一人氏を招き、基調講演とパネルディスカッションを開催した。

パネルディスカッションでは、ファーストライト・キャピタル代表取締役マネージング・パートナーの岩澤脩が聞き手を務め、変容する国際秩序や地域企業への影響、DXやスタートアップとの連携を通じて地域が備えるべきことを議論した。

世界の変化を地域企業はどう読み解き、経営に取り込むべきか。鈴木氏との対話から、これからの地域経済に欠かせない視点を共有していく。

※本対談は2026年7月7日に開催。本文中の『地域未来戦略』および『日本成長戦略』は、7月21日に閣議決定された。

右: 鈴木 一人 氏 | 東京大学公共政策大学院教授・地経学研究所長

左: 岩澤 脩 | ファーストライト・キャピタル 代表取締役 マネージング・パートナー

国際経済秩序は戻らないという前提をどう捉えるべきか

岩澤:先ほどの講演では、さまざまなキーワードが出てきました。まず衝撃的だったのは、「これまでの自由貿易体制はもう戻らない」という前提です。この10年、20年は戻らないという想定でしょうか。

鈴木氏:未来を予測することは我々の仕事ではないため、いつまで続くかを述べるのは難しいのですが、例えばトランプ大統領が退任しても、おそらくその次の大統領、さらにその次の大統領くらいまでは、この状態が変わることはないだろうと、ほぼ確実に考えています。

これまで自由で開かれた国際秩序を支えてきたアメリカが、その役割を放棄しています。アメリカが戻ってこなければ、この秩序も戻ってこないだろうと思います。

岩澤:なぜ今、地域企業や地域金融機関の皆様にとって、「経済安全保障」というキーワードが重要になっているのか。まずは、その点から触れていきたいと思います。

地域企業にとっても他人事ではありません。匠の技術を持つ企業が、日本の戦略的自律性や戦略的不可欠性を支える企業になり得るからです。そうした視点から、このパネルで掘り下げていければと思います。

まず、今回のテーマを語る上で欠かせないのが、政府が新たに打ち出した「地域未来戦略」という構想です。もともとは「新しい資本主義」の中で語られていた内容が、今回、新たなメッセージとして発せられたという理解でよろしいでしょうか。

鈴木氏:源流をたどれば、大平政権などにまでさかのぼります。直近では、岸田政権の「新しい資本主義」という考え方があり、それを発展させる形で石破政権、そして高市政権へと引き継がれ、地域の産業戦略をどうしていくかという取り組みが始まりました。

高市政権の特色が強く出ているのは、成長戦略と地域未来戦略を融合させるという考え方です。これは岸田政権や石破政権には見られなかったものであり、そういう意味で新しさがあると思います。

地域未来戦略が促す地場産業の再編とクラスター化

岩澤:地域未来戦略を改めて三つに整理すると、第一に日本成長戦略とも密接に結びつく国の総合戦略であること。第二に、三つの類型に分かれ、産業クラスターが形成されていくこと。第三に、国と自治体が一体となった大胆な予算措置や、官民の連携が推進されることです。日本成長戦略では、フィジカルAIに2040年度までに官民10.5兆円の投資が見込まれており、地域未来戦略は、こうした大規模投資を地域で受け止める枠組みとなります。

先ほど挙げられた「戦略産業クラスター」「地域産業クラスター」「地場産業成長プラン」は、国のレイヤー、地域のレイヤー、さらには産品というプロダクトのレイヤーという三つに分けて動いていくという理解でよろしいでしょ うか。 

鈴木:この戦略産業クラスターは、まさに戦略17分野と、横断的な8分野を対象としています。主には戦略17分野で示されたものです。例えば、私は造船ワーキンググループに入っていますが、造船でいえば瀬戸内が中心になります。そこに産業クラスターとして、造船業の集積をつくっていくということです。

西日本や四国の方であればご存じだと思いますが、日本の造船業には比較的小さな会社が多くあります。世界を見ると、例えば韓国は世界の造船市場で20~30%のシェアを持っていますが、主だった企業は3社程度です。日本は世界シェアが10%しかないにもかかわらず、10数社の造船企業が存在します。 

したがって、産業再編とクラスター化が連動していくことになります。さらに日本には、船に必要な艤装や各種部品などを供給する「舶用産業」があります。バリューチェーンが国内ですべてそろう国は、実は日本だけです。すべてをそろえる能力を持っていることが重要なポイントです。 

これはまさにクラスターに適した産業です。造船クラスターとは、最終製品をつくる企業の集約と、その周囲への舶用産業の集積を組み合わせ、地域に産業クラスターを形成していくという発想です。ある意味では、戦略17分野と地域を接続する実行部隊として、地域金融機関の方々が果たす役割もあると思います。

戦略17分野は日本の産業政策の転換点 

岩澤:そのような動きのなかで、トップダウンの政策とどう接続するか、そしてボトムアップでどの地域企業を選んでいくかという、両面の視点が求められると理解しました。今回は三つの視点から、先生のお話を掘り下げていきます。 

最初に、地経学的視点と地域産業について、まずは、トップダウンの観点から。日本成長戦略本部で17の戦略分野が選ばれました。どのような観点から、この17分野が策定されたとご覧になっていますか。

鈴木氏:日本は、これまでも産業政策を行ってきました。第二次大戦後の高度経済成長期にも、当時の通産省を中心に、いわゆる傾斜生産の形で特定の産業に資源を集中させ、それが結果として自動車産業などを成長させました。 

しかし、過去30年、特に1980年代の日米貿易摩擦以降、日本は自由貿易に徹し、政府は産業に介入せず、産業政策を行わないことが正しいとされるようになりました。そのため、過去30年間、具体的な産業政策をほとんど行ってきませんでした。

同時に、半導体分野でも、1990年代から2000年代にかけて「日の丸半導体」プロジェクトのような取り組みをいろいろと行いましたが、うまくいかなかった経験もあります。理由はいくつもありますが、政府が関与してもうまくいかないという認識があり、国際的にも、新自由主義的、すなわち市場に任せるタイプの経済政策が一般的です。 

それを大きく転換したのが、高市政権が打ち出した戦略17分野です。 背景には、世界が変わり、自由貿易の時代ではなくなってきたという認識があります。他国に振り回されないようにするためには、自律性と不可欠性を高めなければならない。そうした発想が、高市首相個人だけでなく、官邸全体、さらには霞が関全体にかなり共有されるようになったことが、大きな転換点だと思います。 

対中競争と世界的な産業政策回帰 

岩澤:この10年間の中国の産業政策から刺激を受けているという側面もあるのでしょうか。 

鈴木氏:それはもちろんあります。中国と競争する際、日本側が何もしない一方で、中国が国家として強力に介入すれば、当然、日本側が不利になります。 

「戦っていると敵に似てくる」とよく言いますが、中国と競争するには、ある程度、中国のやり方を踏まえた上で、どのように対抗するのが最も有効かを考えなければなりません。 

また、産業政策を行っているのは日本だけではありません。欧州ではEUが「インダストリアル・アクセラレーター・アクト」を進めていますし、アメリカもCHIPS法をはじめとして、バイデン政権からトランプ政権にかけて、継続的に産業政策を行っています。今は日本だけでなく、世界全体が産業政策を行う時代になってきているのだと思います。 

岩澤:それは一過性のものではなく、冒頭でおっしゃったように、今後10年、20年続く国際経済秩序の中で、グローバルに標準的な経済政策になっているということでしょうか。 

鈴木氏:「標準的であることが正しい」という意味では、経済的に必ずしも合理的とは言い切れない部分もあります。産業政策は、市場をかなりゆがめる結果にもなります。 

それでも行わなければならないのは、放置すれば中国が圧倒的な競争力を持ち、太刀打ちできなくなるという恐怖感、あるいは認識があるからだと思います。 

岩澤:中国というキーワードが出てきましたので、次の論点に移ります。

戦略17分野では、戦略的自律性、戦略的不可欠性に該当する産業が、今回選ばれていると理解しています。中国というキーワードに目を向けると、地域の製造業にとって、中国との関係は切っても切り離せないのが実情だと思います。中国のサプライチェーンと、どのように向き合えばよいのでしょうか。 

鈴木氏:中国製品をすべて排除することは不可能であり、現実的でもありません。ただし、最も大きな問題は、「中国のものを使っていれば大丈夫」ということは絶対にないという点です。 

要するに、「もし供給が止まったらどうするか」を考えながら、それでも中国のものを使うというのが基本的な姿勢になると思います。供給が止まった場合のバックアップ、あるいは保険をどのように用意するかが、重要なポイントです。 

例えば、1年分の備蓄を持つ、供給が突然止まっても対応できるように次のサプライヤーを考えておく、代替候補となる企業と常に連絡を取り、関係を維持しておくといった工夫が現実的です。 

岩澤:中小企業の経営者も、そうした視点を持ち、徐々に調達先の多様化やバックアッププランを考えていく必要があるということですね。これは、この1、2年で進めなければならないのでしょうか。 

鈴木氏:中小企業の方々に「少し高いものを買っておきましょう」「備蓄や在庫をもう少し増やしましょう」とお話しすると、「そんなことをしている余裕はない」と言われることもあります。しかし、本当に何も行わなければ、いざ供給が止まった際に事業活動に致命的な影響があります。これはリスク管理の問題なのだと、きちんと頭を切り替えなければなりません。 

中小企業も災害をはじめ、さまざまなリスクがあります。そのための計画を考えることが経営だと思いますが、その中に地経学的リスクも加えなければなりません。 

フィジカルAIスタートアップの脱中国依存 

岩澤:我々も現在、フィジカルAIのスタートアップへの投資を始めています。各社が悩んでいるのは、プロトタイプを国内ではつくりにくく、まず中国でつくり、そこに依存しながら徐々に移管しなければならないという点です。 

やはり、ゼロか百かではなく、中国から国内へサプライチェーンを移す、あるいは多様化を図るという視点を持って、事業を立ち上げなければならないということですね。

鈴木氏:スタートアップの場合、目の前の資金をどう集めるか、プロダクトをどう成功させるかが喫緊の課題です。 そのため、それ以外のリスクについては意識の外に置かれ、優先順位が低くなりがちです。 

ただし、長期的なビジネスを考える上では、たとえプロトタイプの段階で中国製品に依存していたとしても、それを続けるリスクを考えておかなければなりません。最初は中国でつくるとしても、次第に別の地域からの部品や国内調達へ切り替えていく必要があります。 

プロトタイプの段階では仕方がないかもしれませんが、量産化に近づき、部品を大量に発注するようになれば、 国内企業に製造を依頼するなど、さまざまな選択肢が出てきます。そうしたことを意識しながら、スタートアップの現在のフェーズより少し先まで見据えたサプライチェーン戦略を立てる必要があります。 

岩澤:そういう意味では、中小企業であれば地域金融機関、スタートアップであればベンチャーキャピタルという、リスクマネーの供給者である私たちが、そうした視点を持って助言しなければならないという危機感もあります。 

鈴木氏:最終的には、地域金融機関であれベンチャーキャピタルであれ、投資または融資を行い、そのスタートアップが成功しなければ、何も返ってきません。 

成功させるためにどうすればよいかを考えたとき、リスクへのアウェアネスを高め、対処をきちんと準備しておくことが重要です。英語で「プリペアードネス」と言いますが、備えが十分でなければ、途中までは順調でも、何かが起きた瞬間にすべてが駄目になるおそれがあります。そこには、資金を提供する側の責任もあると思います。 

日米のスタートアップ政策の違い 

岩澤:少し話がそれますが、鈴木先生は宇宙政策もご専門で、アメリカの政策も分析されています。アメリカと日本の産業政策を比較したとき、産業が立ち上がったアメリカと、苦戦している日本の最も大きな違いは何でしょう か。 

鈴木氏:要因はいくつもあると思います。アメリカでは、先ほどリーマンショック後の低金利時代の話がありましたが、その時期に低金利で資金を大量に借り、スタートアップへ盛んに投資しました。 

要するに、当たるか外れるかにかかわらず、倒産しても構わない、一社が成功すればすべてを回収できるという、ほとんどギャンブル的な投資を行いました。その結果、成長する企業が次々に現れました。宇宙分野でも、 イーロン・マスクのSpaceXをはじめ、我々が知っている企業がいくつか出てきていますが、その背後には何千、 何万という企業の「屍」があります。それをいとわず、投資を続けてきたことが重要なポイントです。

一方、日本では、勝てるスタートアップにしか投資をしないため、スタートアップが倒産しません。最初に投資した 企業を何とか生き延びさせようとし、ゾンビ化する企業もあれば、さまざまな配慮によって企業が存続する状況もあります。その結果、資金は満遍なく行き渡りますが、突出した企業が出てきません。これが一つの大きな違いです。 

もう一つ重要なのは、政府、特に防衛部門です。アメリカでは、防衛がエグジットになっています。イーロン・マスクのSpaceXも、NASAや国防総省から相当な資金を得ており、そのサービスを購入するのもNASAや国防総省です。 

さらに、AIスタートアップについても、Anthropicは現在、国防総省と対立していますが、Palantirは防衛分野に積極的に入り、それによって成功した事例です。防衛が最終的なエグジットとなり、そこで収益を上げることが、 ある種約束されている点が非常に大きい。 

今回の高市政権の成長戦略にも、防衛を含め、政府が資金を拠出することでスタートアップや民間投資を誘発するという発想があります。これはアメリカの事例を、すべてではありませんが、部分的に学んだものだと思います。 

政府が「出口」と「入口」を支える戦略17分野 

岩澤:今回の17分野62品目もかなり対象が多岐に渡りますが、広く網をかけ、そこから絞り込んでいくという考え方なのでしょう。また、17分野については、国が出口を保証しにいくという文脈もあるということですね。 

鈴木氏:そのとおりです。挙げ始めるときりがありませんが、防衛はもちろん、海洋、防災、造船、重要鉱物などは、いずれも国が出口になり得る産業です。 

一方、まだ先行きが分からない核融合や合成生物学・バイオなどについては、国が出口になるというよりも、研究開発に資金を出します。国の資金の入り方が、出口にあるのか入り口にあるのかは産業ごとに異なりますが、そうした考え方があります。 

国が関与することによって民間企業が投資しやすくなる点は、非常に重要です。要するに、民間が負うリスクを国が部分的にカバーするという発想です。

もう一つ、成長戦略全体について興味深いのは、AI・半導体が図の端に置かれていることです。今後、本文が公表されるので(対談後の7月21日に公表)、読んでいただければ分かりますが、AI・半導体を軸としたAXが、成長戦略全体を貫く基調になっています。 

まずAI・半導体を中心に据え、それらを活用して、例えば港湾ロジスティクス、情報通信、造船などを高度化、 アップグレードしていくことが、成長戦略のもう一つの目標です。 

チョークポイントから見極める地域企業 

岩澤:地域企業に視点を戻します。先ほど、各国において必要不可欠な取引品目となる「チョークポイント」というお話がありました。ここまではトップダウンの議論を掘り下げてきましたが、ボトムアップの視点で考えたとき、 地域金融機関の方々が将来性のある地域企業を選定する上で、どのような点からチョークポイントを見極めればよいのでしょうか。 

鈴木氏:チョークポイントには、おそらく二つあります。一つは、自分たちが特定の技術や製品を持つことで、相手に対するチョークポイントになり得るという、日本の不可欠性に関するものです。例えば、航空宇宙や防衛などの分野でも、そのようなものをつくっていくことが目標です。 

もう一つは、他国にチョークポイントを握られている場合です。つまり、他国が供給を止めると、自分たちが困るものです。AIも似たようなところがありますし、創薬や医療もそうです。こちらは、自分たちの自律性を高めるためのものです。 

したがって、チョークポイントには、自分たちが他国のチョークポイントを握る場合と、他国に自分たちのチョークポイントを握られている場合という、二つの方向があります。これらを「自律性」と「不可欠性」という言葉で整理しています。 

フードテックも分かりやすい例です。現在、日本にはフードテック分野でユニコーンと呼ばれる企業が2社ほどあります。そうした企業を成長させれば、他国に対するチョークポイントになり得る不可欠な技術に発展する可能性があります。 

他方、日本は食料を輸入する立場にあるため、フードテックを発展させられなければ、他国への依存が続きます。自国のフードテックを高めることで、相手が握るチョークポイントの制約を緩めるという考え方もあります。 

このように、それぞれの分野で自律性と不可欠性の双方を考える必要があります。それを見極めた上で、各地域の産業が何を目指すのかを決める。自分たちの不可欠性を高めるのか、それとも、他国に握られているチョークポイントを緩めるために自律性を高めるのか。この二つの方向性のどちらを目指すかによって、企業の戦略も変わってきます。 

日本の不可欠性を外交と成長に生かす 

岩澤:そうした視点は、企業の見極めや事業性評価において、今後取り入れられていくのだと思います。また、 事業計画の策定に伴走する際にも、戦略的自律性とチョークポイントの両面から見ることが求められるのだろうと、VCの視点からも実感しました。

少し大きな視点になりますが、日本にはホルムズ海峡のような地理的なチョークポイントがなく、中小企業が握る川上の技術的なチョークポイントも、まだ一部に限られています。今後10年というスパンで見たとき、鈴木先生は、日本が生きていく道について、どのような姿を描いていらっしゃいますか。 

鈴木氏:一つには、日本が攻撃的に他国へ圧力をかけ、経済を武器として使うことは、あまり日本に向いていないと私は考えています。そのため、日本が持つ不可欠性は、カウンターパンチとして保持しておくことが重要です。 

例えば韓国の事例では、当時、旧徴用工問題をめぐって韓国が日本に対立的な立場を取っていたことへの対抗措置として、日本が輸出管理措置を実施しました。ただし、やり方があまりうまくなかったため、十分な効果は上がりませんでした。それでも、対抗措置として経済的な不可欠性を使うことは、考えておくべきです。ただし、自ら積極的に何かを仕掛けるわけではありません。 

むしろ、最近のホルムズ海峡の事例でいえば、日本は「POWERR Asia(パワー・アジア)」という取り組みを発表しました。ホルムズ海峡が止まり、原油が入ってこなくなったことで、日本以上に苦しんでいる国がありました。 つまり、戦略的備蓄がなく、自国に十分な石油精製能力がない国がアジアに多くあり、今回のホルムズ海峡の封鎖によって、非常に厳しい状況に置かれました。具体的には、フィリピンやベトナムなどです。 

こうした国々に対し、日本はPOWERR Asiaの下で、製油所や備蓄タンクの整備を支援する金融支援策を発表しました。これは非常に好意的に受け止められました。相手が必要としているときに何らかの支援を差し伸べる上で、自分たちが不可欠性を持っていれば、それをこうした局面で提供することで大きな効果を生みます。 

相手の危機に際して、アンパンマンが困っている人に自分の顔をちぎって渡すように、相手を大きく助けることができる。そのようなときのツールとして、不可欠性を使えると考えています。 

もう一つ、不可欠性の基本的な定義は、世界シェアを持っていることです。つまり、競争力のある産業だということです。日本は、そのような競争力のある産業をいくら抱えてもよいと思います。 

不可欠性を目指すことは、競争力を持つ企業を増やすことでもあり、当然、成長戦略にも結びつきます。そうしたことを目指すこと自体が、国家、経済、そして各企業のためになります。不可欠性を目指すことには、企業の成長を助け、グローバルシェアを拡大するという意味が含まれています。不可欠性を目指すことが日本の戦略として位置付けられるのは、非常に重要なポイントだと思います。

地経学は、経営の必須科目になっている

岩澤:各地域がボトムアップで、そうした不可欠性を持つ産業をつくれるかどうかが、国際情勢における日本のポジションにも直結するというお話だと思います。 

最後の論点に移ります。ここまでの議論を踏まえ、地経学的な視点から見たとき、地域金融機関やベンチャーキャピタルなど、スタートアップや地域企業を支えるプレイヤーには、どのような視点が求められるのでしょうか。 

鈴木氏:第一に、我々が現在どのような状況に置かれているのかという状況認識を、しっかり持つことが大切です。中小企業やスタートアップの方々にとっては、自分の事業がすべてであるため、そこまで視野を広げることは、なかなかできません。 

そのとき、伴走者であるVCや地域金融機関の方々が、「こういうことを行えば、さらに可能性が広がる」と助言することが求められます。不可欠性を実現するためには、どの市場にニッチがあるのか、企業の強みはどこにあり、それを伸ばすことで、どのように不可欠性を達成できるのか。そうした点を考えながら、企業にアドバイスして いくことが必要だと思います。 

岩澤:ありがとうございました。あっという間に終了の時間となりました。本日は内容を凝縮してお話しいただきました。 

改めてまとめます。地経学的な視点というと、非常にマクロな経済安全保障、安全保障、軍事などと関係し、地域経済やスタートアップ、中小企業とは結びつかないと思われがちです。しかし、現在の大きな流れの中で、それらが密接に関係していることを実感するセッションでした。ありがとうございました。 

鈴木氏:ありがとうございました。地経学は、まさに自分事です。現在、企業活動と世界情勢は直結しています。

ホルムズ海峡の事例を見ても分かるように、ある瞬間に突然、ナフサがなくなるといった事態が起こり得ます。なぜそのような状況が起こるのか、どう対処するのか、どう備えるのかを考えることこそ、まさに経営そのものです。地経学は、経営の必須科目になっているのではないかと思います。


編集:ファーストライト・キャピタル Research Team
2026.08.05

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