
はじめに
AIをめぐる国際的な競争が激化する中、日本でも2025年6月4日に「AI法(人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律)」が公布・施行されました。これまでガイドライン中心の“ソフトロー”にとどまっていた日本のAI政策は、大きな転換点を迎えています。今回のAI法により、日本もついに本格的な法制化の段階に入りました。果たしてこの法律は、日本のスタートアップ競争力向上に寄与するのでしょうか。
※この記事はポッドキャスト「VIVA VC」シーズン2 第3回をもとに作成しました。番組では、AI法についてより詳しく語っています。ぜひお聴きください。
危機感から生まれた法律 [02:47-06:08]
日本がAI専門の法律を必要とした背景には、「世界との深刻なギャップ」があります。民間のAI投資額で見ると、日本は約9.3億ドルと世界10位前後で、1位のアメリカ(約1,000億ドル)の100分の1以下です。企業の生成AI利用率も、日本は17.3%にとどまり、米欧の9割近い普及率とは大きな差があります。さらに、日本国民の77%が「AIを使うのが不安」と回答しており、企業にとっても技術的な制約よりも「法的リスクが読めない」「何かあったときの責任が不明確」という不安が、導入を躊躇させる主因となっています。
これまでヨーロッパが厳しい規制、アメリカが自由放任という構図でしたが、アメリカもバイデン政権の時に大統領令でAI規制に踏み切り、さらにトランプ政権になってAI規制が安全保障の要素にもなってかなり厳しくなっています。こうした中で、「日本はどういうポジションを取るのか」という問いが生まれていました。
絶妙なバランスを取った日本のアプローチ [08:27-10:25]
今回のAI法の最大の変化は、これまで各省庁がバラバラに出していた「お願い」から、政府一体となった法的枠組みに移行したことです。 従来は総務省、経産省、内閣府がそれぞれ違うガイドラインを出していて、企業からすると「どれにのっとって利活用すればいいのかが見えにくかった」という状況でした。

内閣府「AI戦略」より
特徴としては、「推進」と「安全」の両立を目指す“第三の道”を選んだ点にあります。EUのような事前申請や罰金制度など厳格なものではなく、米国のように政権変更でルールが揺らぐものでもありません。内閣総理大臣をトップとするAI戦略本部が基本計画を示し、その枠組みの中で民間企業が自主的に活用できるトップダウン型ガバナンスを採用しました。
ポイントは以下の3点です。
- 罰則は最小限:事前申請を不要とすることで、スタートアップの開発スピードを阻害しません。
- ガイドラインの一本化:総務省・経産省・内閣府のガイドラインを統合し、迷いを解消。
- 介入型セーフティネット:重大事故が起きた場合に国が介入・是正する仕組みを用意。
こうした柔軟な設計により、日本は法的安心感を提供しながらも、イノベーションを止めない環境づくりに成功したと言えます。
スタートアップへの具体的インパクト [10:46-12:15]
社内規定の標準化が加速
企業はAI活用ポリシーを一本化された法的枠組みに合わせて整備できるため、「チャットGPTをどこまで使っていいか」「どのデータは入力禁止か」といった社内ルール策定が容易になります。これにより、中小企業を含む幅広い法人でAI導入が進む見込みです。
開発スピードとデータアクセスを維持
罰則や事前認証がないため、スタートアップは学習データへのアクセスやモデル改良をこれまで通りのスピードで続けられます。特に、電力コストが相対的に低い日本では、生成AIの学習環境としての魅力がさらに高まります。
大企業との連携、海外誘致の拡大
法的“お墨付き”ができたことで、日本企業のAI導入が進むことで、AIスタートアップにとって顧客拡大の機会が大きく広がることが予想されます。また、電力が比較的安く、AIが利活用がしやすい国として海外スタートアップを呼び込む効果も期待されます。
日本は労働人口が減っているので、AI利活用に関してかなりオープンな環境があり、それがこのAI法とセットで注目されるポイントだと思います。
残された課題と今後の注目点 [17:06-19:31]
利用率17%の壁
法整備だけでは、企業や個人が実際にAIを使わなければ競争力は高まりません。法人利用率17%という現状を変えることが必要です。今回のAI法で、企業の中でAI活用規定のようなものができて、「ここから先はダメ、ここまでは大丈夫」ということが明確になれば、安心して使いこなせるようになると思います。
ガバナンス要求の詳細
現時点では、スタートアップやAI事業者に求められる情報管理・説明責任のレベルが明示されていません。要求水準が過剰になれば、コスト負担が重くなりイノベーションの足かせにもなり得ます。
おわりに
AI法は、日本企業に「安心してAIを活用できる土壌」を提供し、スタートアップにとっては開発速度を維持しながら顧客基盤を拡大できるチャンスを生み出すでしょう。今後はガバナンス詳細の策定と利用率向上が成否を分けるポイントになりますが、日本が「推進と安全」を両立させるモデルケースとなれるかに注目が集まります。
製造業向けや物流向けなど、もともと日本が持っていた強みのある産業で、古くからのデータを活用して新しい取り組みをするスタートアップが次々と誕生し、産業全体の競争力向上につながることを期待しています。そして、それらのスタートアップと共に成長を加速させることが、私たちVCの使命だと改めて感じています。
※この記事はポッドキャスト「VIVA VC」シーズン2 第3回をもとに作成しました。番組では、AI法についてより詳しく語っています。ぜひお聴きください。
編集:ファーストライト・キャピタル SaaS Research Team
2025.8.04
ファーストライト・キャピタルでは、所属するベンチャーキャピタリスト、スペシャリストによる国内外のスタートアップトレンド、実体験にもとづく実践的なコンテンツを定期的に配信しています。コンテンツに関するご質問やベンチャーキャピタリストへのご相談、取材等のご依頼はCONTACTページからご連絡ください。
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