はじめに
VIVA VCシーズン2も、ついに最終回を迎えました。今回取り上げるのは、私たちが追い続けてきた最重要テーマ、「日本の人口減少問題」です。
2024年11月、経済産業省が発表したある試算が、日本中に衝撃を与えました。それは、医療・介護・小売などのエッセンシャルワーカーの人手不足により、2040年には日本のGDPが最大で「76兆円」も減少するという予測です。これを受け、政府は高市早苗首相を本部長とする「人口戦略本部」を設置し、人口減少を「国家最大の課題」と位置づけました。
GDP76兆円の消失――この危機的状況を、私たちはどう捉えるべきでしょうか。今回は、この不可避な未来を、日本が再び世界で輝くための「チャンス」に変える条件について、ベンチャーキャピタル(VC)の視点から語ります。
※この記事はポッドキャスト「VIVA VC」シーズン2第24回をもとに作成しました。番組では、人口減少とイノベーションの関係についてさらに詳しく語っています。ぜひお聴きください。
20年後に「5人に1人」が消える社会—数字が語る静かなる有事[03:37-09:40]
人口減少が日本の課題であることは、誰もが知っています。しかし、真に恐れるべきは、その減少の「スピード」です。
経済を支える生産年齢人口(15歳から64歳)の推移を見ると、その変化の激しさに驚かされます。2010年には8,000万人以上いた働き手は、2024年時点で7,300万人に減少しました。予測では、2035年には6,700万人、2045年には5,800万人まで落ち込むとされています。 つまり、今から約20年後には、現在の働き手の「5人に1人」がいなくなる計算です。

リクルートワークス研究所「未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる」より
この数字は、私たちの生活を根底から揺るがします。リクルートワークス研究所の古屋星斗氏が著書『働き手不足1100万人の衝撃』で示した未来図は、非常に示唆的です。
建設業では15年後に65万人が不足し、道路や橋、水道管といったインフラの修復が追いつかなくなります。物流業界では100万人のドライバーが不足し、今や当たり前の「翌日配送」はおろか、工場への部品供給や食品配送といった企業間物流(B2B)までもが機能不全に陥る恐れがあります。
コンビニの24時間営業、飲食店の深夜営業、宅配便の再配達――ほんの10年前には当然だった「生活維持サービス」が、次々と姿を消していく。人口減少はもはや「将来の大変な話」ではなく、今の私たちの生活を脅かす現実的な危機なのです。
政府も動いた「国家最大の課題」。低い生産性は「伸びしろ」である[09:42-12:13]
これまでも少子化対策や人口問題に関する議論は行われてきましたが、政府が「人口戦略本部」を設置し、国家のアジェンダとして最優先課題に掲げたのは今回が初めてです。高市早苗首相が「人口減少こそ国家最大の課題」と明言し、総理直轄で動き出したことは、日本の政策における重要な転換点と言えるでしょう。
では、働き手が減り続ける中で、私たちはどう経済を維持すればよいのでしょうか。 経済規模を決める公式はシンプルで、「人口 × 生産性」です。人口増が見込めない以上、私たちに残された唯一の解は「一人当たりの生産性を上げること」しかありません。
「日本の生産性は低い」とよく嘆かれます。実際、OECDのデータでも日本は38カ国中29位と低迷しています。しかし、重要なのは「日本は過去50年にわたって生産性が低かった」という事実です。 バブル経済で日本が世界を席巻していた時代でさえ、実は生産性は高くありませんでした。それでも成長できたのは、人口が増え続ける「人口ボーナス」があったからです。日本企業はこれまで、雇用を守る代わりに低い生産性を許容してきました。
しかし、今は状況が逆転しています。人口が減る時代には、スリムで高生産性なモデルこそが求められます。見方を変えれば、50年間低かった生産性には、巨大な「伸びしろ」が残されているということです。この伸びしろこそが、日本復活のカギとなります。
AIにとって日本は「世界で最も恵まれた国」?地方に眠るイノベーションの種[12:14-16:57]
生産性を劇的に向上させるカギは、DX(デジタルトランスフォーメーション)やAI技術を持つスタートアップです。しかし、現在の日本のスタートアップエコシステムには構造的な課題があります。それは「東京一極集中」です。
多くのスタートアップが東京に拠点を置き、東京の顧客を見てビジネスをしています。しかし、本当に人がいなくて困っている、生産性を上げたいと切望している現場はどこでしょうか? それは東京ではなく、地方の建設現場であり、地域の物流拠点であり、地方都市の介護施設です。
ここに、日本の大きな可能性があります。 アメリカではAIの進化に対し、「仕事を奪われる」という懸念から反発が起きています。しかし日本、特に人手不足に悩む地域経済では状況が真逆です。「人がいないから、AIやロボットを使わないと事業が継続できない」という切実なニーズがあります。
つまり、日本は世界で最も「AIレディネス(導入準備状況)」が整っている国なのです。AIを使えば使うほど、現場の負担が減り、雇用が守られ、収益が上がる。この構造があるため、日本は世界最先端の技術を社会実装しやすい環境にあります。
私たちVCの役割は、東京のスタートアップと、地方の課題をつなぐ「プラットフォーム」を作ることです。 地域の企業にとって、実績のないスタートアップは「海のものとも山のものともつかない存在」です。だからこそ、VCが信頼の架け橋となり、地域金融機関と連携しながら、テクノロジーをそれを必要とする最前線へ届けていく。現地へ足を運び、課題を肌で感じる中で、私は「世界を変えるイノベーションの種は、東京のオフィスではなく、地方の人手不足の現場にある」と確信しています。えにくいですが、他国の企業にとっては、魅力的な選択肢になり得るのです。
残された猶予は10年。課題先進国から「課題解決先進国」へ[16:59-20:08]
私は「人口減少はチャンスである」とお伝えしてきましたが、これには一つ重要な条件があります。それは、「チャンスは期間限定である」ということです。
現在、日本は世界最速で人口減少が進んでいますが、2040年以降は韓国、イタリア、スペイン、ドイツなどの先進国も同様の局面を迎えます。もし日本が手をこまねいている間に、他国が先にイノベーションを起こし、解決策(ソリューション)を生み出してしまえば、日本はそれを輸入するだけの国になってしまうでしょう。
日本に残された勝負の期間は、今後「10年から15年」です。 この期間に、日本独自の課題解決モデルを確立できるか。そして、それを世界に「輸出」できるか。かつてGAFAMがこの20年で世界を席巻したように、次は日本のスタートアップが「人口減少社会の解決策」として世界を席巻する未来があり得ます。日本は今、未来の世界が直面する課題を先取りしている「課題先進国」です。だからこそ、ここで生まれたサービスは、将来必ず世界中で必要とされます。
おわりに
人口減少という現実は変えられませんが、その未来をどう描くかは私たち次第です。悲観するのではなく、この危機をテコにして、社会の生産性を劇的に高める。そして、その成功モデルを世界へ広げていく。
10年後、15年後の世界で、日本が「課題解決先進国」として輝くために。私たちVCも、スタートアップと共に、そのための種をまき続けていきます。
※この記事はポッドキャスト「VIVA VC」シーズン2第24回をもとに作成しました。番組では、人口減少とイノベーションの関係についてさらに詳しく語っています。ぜひお聴きください。
執筆 : 岩澤 脩 | ファーストライト・キャピタル 代表取締役・マネージングパートナー
編集 : ファーストライト・キャピタル | リサーチ・チーム
2025.12.29
ファーストライト・キャピタルでは、所属するベンチャーキャピタリスト、スペシャリストによる国内外のスタートアップトレンド、実体験にもとづく実践的なコンテンツを定期的に配信しています。コンテンツに関するご質問やベンチャーキャピタリストへのご相談、取材等のご依頼はCONTACTページからご連絡ください。
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