はじめに
2025年11月4日、高市政権による新たな経済政策の司令塔「日本成長戦略会議」が発足しました。これは、岸田政権が掲げてきた「新しい資本主義」の事実上の廃止を意味し、スタートアップ業界やベンチャーキャピタル(VC)にとって極めて大きな転換点となります。
結論から申し上げると、今回の政策転換によって、スタートアップの立ち位置は「国家成長戦略の主役」から、AIや防衛など「戦略17分野を支える横断機能」へと変化しました。
今回は、この劇的な方針転換の中身を深掘りし、一見すると「逆風」にも思えるこの環境下で、スタートアップとVCがどのように生き抜くべきかについて考察します。
※この記事はポッドキャスト「VIVA VC」シーズン2第21回をもとに作成しました。番組では、高市政権の経済政策の詳細や背景についてさらに詳しく語っています。ぜひお聴きください。
「日本成長戦略会議」とは何か?政策の潮目はどう変わったのか[04:35-08:23]
11月4日に発表された「日本成長戦略会議」は、今後の日本の経済成長を実現するために、どこに国家資金を集中させるかを決定する、経済政策の新たな司令塔です。
これまでの岸田政権では、「分配と成長」をキーワードに、中小企業支援や賃上げといった「ボトムアップ型」の政策が中心でした。しかし、高市政権が掲げるのは「供給力強化」や「国家戦略投資」といった言葉に代表される「トップダウン型」の政策です。
具体的には、AI、半導体、量子技術、創薬、防衛、GX(グリーントランスフォーメーション)、サイバーセキュリティなど、国家の経済安全保障に不可欠な「17の戦略分野」が特定されました。今後、政府資金はこれらの分野へ重点的に投入され、さらに「公共調達(官需)」を通じて、民間の技術やサービスを国が積極的に購入していく方針が打ち出されています。

毎日新聞「日本成長戦略本部が初会合 新成長戦略、26年6月にとりまとめへ」
有識者メンバーの激変が示唆する「スタートアップ冬の時代」の足音[08:24-09:35]
政策の方向転換は、会議に招集された有識者メンバーの顔ぶれにも如実に表れています。
今回のメンバー構成を見ると、これまで政策決定の場に多くいたスタートアップ関係者が減少し、代わりにマクロ経済の専門家、特に「リフレ派」と呼ばれる積極財政を支持する経済学者や、地経学研究所の鈴木先生のような経済安全保障の専門家が名を連ねています。これは、高市政権の色が強く反映された人選と言えるでしょう。
有識者の顔ぶれは、その政権がどの分野に注力しようとしているかを映す鏡です。スタートアップ関係者が減っているという事実は、業界全体にとって「これまでのような手厚い支援は期待できないかもしれない」という一つの警鐘として受け止める必要があります。
スタートアップに突きつけられた「3つの変化」と生存戦略[09:48-13:58]
では、この政策転換は具体的にどのような影響をもたらすのでしょうか。大きく3つのポイントが挙げられます。
1. 17分野への資金集中 岸田政権下の「スタートアップ育成5カ年計画」では、スタートアップの創出やユニコーン企業の育成そのものが目的とされていました。しかし新方針では、スタートアップはあくまで17の戦略分野を支える「横断機能(ツール)」として位置づけられます。 これにより、17分野に含まれないスタートアップにとっては資金調達環境が厳しくなる可能性があり、VCの投資活動もこの重点分野へと偏っていくことが予想されます。
2. 「補助金」から「官需」へのシフト これまでは、中小企業のDX推進などに補助金が出され、その予算でスタートアップのサービスが導入されるという流れが一般的でした。 しかし今後は、こうした補助金による間接的な支援から、国や自治体が直接サービスを購入する「公共調達(官需)」へと軸足が移ります。スタートアップの営業先も、中小企業から、国や大企業への連携提案へとシフトしていく必要があります。
3. 「連携モデル」の必須化 新方針の下では、スタートアップ単独での成長よりも、官公庁・大企業・大学・国立研究機関との連携を前提としたモデルが求められます。 創業初期から大企業や国を相手にできる体制構築や、ロビー活動を含めた情報収集能力が不可欠になります。特にディープテック(研究開発型)企業にとっては大きな追い風となる一方、そうでない企業にとっては険しい道のりとなるでしょう。
歴史は繰り返す―「逆風」こそが最強の企業を育てる[14:00-15:39]
ここまで厳しい現実をお伝えしましたが、悲観する必要はありません。歴史を振り返ると、興味深い事実が見えてきます。
例えば、楽天、DeNA、サイバーエージェントといった日本を代表するIT企業が登場したのは、90年代後半の不況の真っ只中でした。また、Sansan、マネーフォワード、freee、ユーザベースといった企業も、リーマンショック直後という最も経済が冷え込んだ時期に創業しています。
つまり、ITやスタートアップが国の重要アジェンダになっていない「冬の時代」や、追い風が吹いていない時期にこそ、筋肉質で強い企業が生まれているのです。国に甘やかされず、ハングリーな環境で事業を磨き上げた企業だけが、後の時代を牽引する存在になれる。今回の政策変更により国のアジェンダから外れる今は、まさに次世代の起業家が生まれるサイクルに入ったとも言えるのです。
膨張したVC業界の自戒と、求められる「原点回帰」[17:02-20:59]
この環境変化は、私たちVCにとっても自戒を迫るものです。 過去4〜5年、日本のVC業界は国の手厚い支援を受けて急拡大しました。ファンドレイズ(資金調達)の総額は10年前の約3,000億円から、2023年には1兆円規模にまで成長しました。しかし、IPO(新規上場)の件数や出口戦略の環境はそれほど変わっておらず、VCの規模だけが肥大化してしまった側面は否めません。
「次のファンドはさらに倍の規模で」という規模至上主義や、あらゆる分野に手を出すオールジャンル投資を見直す時期に来ています。
直近では、アメリカのトップVCであるセコイア・キャピタルの代表交代が話題となりました。11月まで代表を務めたボサ氏は、次のような言葉を残しています。「資金量が増えたからといって、優れた起業家が増えるわけではない。むしろ、本当に優れている人が誰かを見えにくくしてしまう」。 この言葉は、今の日本のVC業界にとって重く響きます。私たちVC自身も、自分たちの強みを再定義し、適正なサイズで「本物」を見極める原点回帰が求められています。
おわりに
新政権の「日本成長戦略」は、スタートアップへの資金の流れと優先順位を劇的に変えるものです。17の戦略分野への集中投資、官需マーケットの拡大、そして連携モデルへの移行。これらは一見すると高いハードルですが、同時に新たな市場の誕生でもあります。
歴史が証明するように、国の支援という追い風がない時こそ、真に強い企業が生まれます。スタートアップもVCも、外部環境に依存せず、自らの「本源的価値」を研ぎ澄ませるべき時が来ました。
この大きな変化の波の中から、次の10年を代表する企業が必ず生まれてくると信じています。その兆しを見逃さず、全力で伴走していくことこそが、私たちVCの使命です。
※この記事はポッドキャスト「VIVA VC」シーズン2第21回をもとに作成しました。番組では、高市政権の経済政策の詳細や背景についてさらに詳しく語っています。ぜひお聴きください。
執筆 : 岩澤 脩 | ファーストライト・キャピタル 代表取締役・マネージングパートナー
編集 : ファーストライト・キャピタル | リサーチ・チーム
2025.12.8
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