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【VIVA VC シーズン2 第19回】 海外AI企業の「爆速成長」。ロンドン発AIレポートが映す日本の危機

2025.11.21

Podcast

【VIVA VC シーズン2 第19回】 海外AI企業の「爆速成長」。ロンドン発AIレポートが映す日本の危機

はじめに

指数関数的に加速するAIの進化──。ロンドンのVCが発表した最新レポートは、AI企業がSaaS企業の成長速度を圧倒的に上回る「新たな産業サイクル」の到来をデータで示しています。日本のスタートアップは、この破壊的なスピード感に本当に追いつけているのでしょうか。

本稿では、ロンドンのAI特化型VCであるAir Street Capitalが毎年発表している「State of AI Report 2025」を手がかりに、AI性能の進化、商業利用への転換、企業成長のスピード、そして日本のスタートアップが直面する「初速」の課題について整理します。

※この記事はポッドキャスト「VIVA VC」シーズン2第19回をもとに作成しました。番組では、AI産業の急成長と日本のスタートアップの課題についてより詳しく語っています。ぜひお聴きください。

313ページが示すAI革命の全容 [03:06-05:32]

今回取り上げるのは、ロンドンのAI特化型VCであるAir Street Capitalが毎年発表している「State of AI Report 2025」です。今年で8年目を迎えるこのレポートは、グローバルのVC業界では「必読」の資料として定着しています。

このレポートが伝える最も重要なメッセージは、シンプルに「速い」という一点に尽きます。AI性能の進化、商業利用への転換、そして企業の成長速度──すべてが私たちの想像をはるかに上回るスピードで進んでいることが、具体的なデータと事例で示されています。

レポート閲覧はこちらから

STATE OF AI REPORT

ムーアの法則を超えるAI性能の進化速度 [05:33-06:50]

半導体業界で長らく信じられてきた「ムーアの法則」では、性能は18〜24ヶ月ごとに2倍になるとされてきました。しかし、AIの世界では、まったく異なるケタの速度で進化が起きています。

レポートによると、Googleの性能対コスト比は3.4ヶ月ごとに倍増し、OpenAIは5.8ヶ月ごとに倍増しているとされています。つまり「半年経てば性能が2倍になってしまう」という、まさに指数関数的な成長を遂げているのです。

振り返ってみれば、半年前のAIと今のAIの違いは、多くの方が肌感覚として実感しているはずです。毎週のように驚きの発表がXのタイムラインを賑わせ、「またか」という感覚すら麻痺してきています。前回の番組で取り上げたAtlasのようなAIブラウザの進化も、あっという間に「当たり前」になっていく──これが今の現実です。

商業利用の壁を越えたAI導入率の急上昇 [06:50-09:56]

AIのマネタイズ可能性については、長らく懐疑的な見方が支配的でした。「バブルではないか」という声は今も根強く存在します。しかし、レポートが示すデータは、その懸念を大きく揺さぶる内容でした。

有料AI導入率は、2023年1月時点のわずか5%から、2025年9月には43.8%まで急上昇しています。いまや約4割の企業が、ChatGPTをはじめとするAIサービスに対して実際に課金している状況です。

さらに注目すべきは、12ヶ月継続率と平均年間契約額の伸びです。12ヶ月継続率は、2022年の約50%から2024年には80%超へと上昇しました。平均年間契約額も、2023年の3.9万ドル(約610万円)から2025年には53万ドル(約8,300万円)へと急増し、2026年には100万ドル(約1億5,600万円)を超える見込みとされています。

これは、AIが「試験的導入」のフェーズから「基幹業務への統合」フェーズへと移行したことを示す、象徴的な転換点と言えるでしょう。一方で、以前取り上げたMITレポートでは「95%が経済的効果がない」という指摘もありました。この高い継続率が本当に維持されるのかについては、今後も慎重に注視していく必要があります。

SaaS企業の1.5倍速で成長するAI企業の衝撃 [09:56-12:39]

私(岩澤)はこれまでSaaS専門のVCとして活動してきましたが、AIスタートアップの成長速度は、かつてのSaaS企業を劇的に上回っています。「SaaS is dead」というキーワードが業界でささやかれるのも、決して大げさではないと感じています。

Stripe上の「AI Top 100」企業のデータによると、AIファースト企業が立ち上げからARR(年間経常収益)100万ドル(約1.5億円)に達するまでの期間は11.5ヶ月です。SaaS企業の15ヶ月と比較すると、約1.3倍のスピードでARR100万ドルに到達していることになります。

さらに驚くべきは、ARR500万ドル(約7.5億円)到達までの速度です。AI企業は24ヶ月でこの水準に達するのに対し、2018年時点のSaaSトップ100社は37ヶ月(約3年)かかっていました。約1.5倍の速度差です。

特に衝撃的なのは、2022年以降に設立されたAI企業です。こうした企業は、わずか9ヶ月でARR500万ドルに到達してしまいます。2020年以前に設立されたAI企業と比べると、4.5倍速いスピードです。SaaSが10年かけて築いてきた実績を、AI企業はわずか数年で超えてしまっているのです。

日本のスタートアップが直面する「初速」の危機 [12:39-17:11]

このレポートを読んで、私は衝撃と同時に強い危機感も覚えました。グローバルのAIスタートアップのダイナミズムに、日本のスタートアップは本当についていけているのでしょうか。

2010年代前半の日本のSaaS第一世代は、立ち上げから1年で売上1〜1.5億円に到達していました。これは当時の海外企業と比較しても遜色のないスピードでした。

しかし現在の日本のアーリーステージ・スタートアップの成長は、残念ながらより緩やかになってしまっています。AI時代に「爆速成長」が当たり前となっている中で、一昔前よりも成長スピードが遅くなっているというのは、「致命的」と言わざるを得ない状況です。

この背景には、私たちVCの責任も大きいと考えています。過剰調達の問題を以前の回で取り上げましたが、VC側がスタートアップの事業をブーストするための「適切な資金注入」と「支援」が本当にできていたのか──という大きな問いが残ります。

振り返ると、15年前の2010年頃は、資金調達をするために「黒字化」がほぼ必須条件でした。5,000万円を調達したら、次のシリーズAまでに黒字化しなければならない──そんな圧力の下で、毎日の営業活動や価格設定を必死に考えていたのです。その緊張感が、結果的に「事業の初速」を生み出していた側面もあったのではないでしょうか。

「事業の初速」が決める8年後の運命 [20:15-20:42]

私たちのシミュレーションによると、年商1億円に到達するスピードが4ヶ月遅れるだけで、8年後には売上で20億円以上の差が生じます。つまり、最初の「初速」が将来の売上をほぼ決定づけてしまうのです。

PMF後に1カ月でMRR1000万円を駆け抜けられるかが「実行の証明」となる

出所:ファーストライト・キャピタル SaaS Annual Report 2021

事業の初速は、その企業の「数字に対する強度」や文化そのものを規定します。初速で年商1億円をつくる企業と、年商5,000万円で満足してしまう企業では、その後の成長軌道が全く異なってしまいます。一度、緩やかな成長が文化として定着してしまうと、それを変えることは極めて困難です。

日本のスタートアップが取り戻すべきもの [17:12-19:57]

「AIバブルはいずれ弾けて、この成長スピードにも限界が来るのではないか」という、ある種の楽観的な見方もあるかもしれません。しかし、私はそうは考えていません。

なぜなら、ここで問われているのは単なるバリュエーションの話ではなく、「事業の初速」という本質的な問題だからです。少なくとも、一世代前の企業たちが達成してきたスピードすら実現できないようでは、グローバル競争で勝ち残ることはできません。

10年前は、資金調達環境が非常に厳しい中で、生き残るために売上をつくらざるを得ませんでした。その環境が、結果的に事業の初速につながっていたのかもしれません。今こそ、もう一度「事業の初速」と「数字に対する強度」を取り戻す時期に来ているのだと、私は強い危機感を持って警鐘を鳴らしたいと思います。

おわりに

今回のロンドン発「State of AI Report 2025」は、改めて今のAIトレンドのスピード感をデータで実感する機会になりました。AI性能は「半年で倍増」、導入率は「2年で8倍」、そしてAI企業の成長速度は従来のSaaSを圧倒的に上回る──この現実を、日本のスタートアップ・VC業界はどう受け止めるべきでしょうか。

このレポートが、日本のスタートアップの成長スピードを見直すきっかけになることを願っています。日米をはじめとする各国の文化の違いを考慮することはもちろん重要ですが、同時に「追いつけ、追い越せ」というマインドを失ってはいけません。成長率やスピード感は、マーケットサイズに関わらず実現可能なはずです。

※この記事はポッドキャスト「VIVA VC」シーズン2第19回をもとに作成しました。番組では、AI産業の急成長と日本のスタートアップの課題についてより詳しく語っています。ぜひお聴きください。

執筆 : 岩澤 脩 | ファーストライト・キャピタル 代表取締役・マネージングパートナー
編集 : ファーストライト・キャピタル | リサーチ・チーム
2025.11.22

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