はじめに
2025年10月21日、OpenAIが新たなウェブブラウザ「Atlas」を発表しました。ChatGPTとブラウザが完全に融合したこのシステムは、ユーザーがブラウザを閲覧しながら同時にチャットボットに質問や指示を出せる画期的なものです。
さらに「エージェントモード」を搭載し、AIがブラウザ上でチケット予約やリサーチといった操作を代行してくれます。

今回は、このAtlasの登場で一気に火がついた「AIブラウザ戦争」について、過去の歴史を振り返りながら、今後のVC投資やスタートアップのビジネスチャンスがどこにあるのかを探ります。
※この記事はポッドキャスト「VIVA VC」シーズン2第17回をもとに作成しました。番組では、AIブラウザ戦争の具体的なユーザー体験の変化や、今後のビジネスチャンスについてさらに詳しく語っています。ぜひお聴きください。
2025年、AIブラウザ戦線に異変あり[4:45-7:25]
まず、スタートアップの資金調達ニュースを正しく理解するために、非常に重要な二つの表現実は2025年に入り、AIブラウザをめぐる動きは活発化していました。7月にはMicrosoft EdgeにCopilotモードが搭載され、同月にPerplexityがChromeベースの独自ブラウザ「Comet」をリリース。8月にはClaudeが、9月にはGeminiがそれぞれChrome向けの拡張機能や新機能を発表しています。
各社の戦略は異なり、Microsoftは自社のEdgeを軸にWordやExcelとの統合を進めています。一方、GoogleのChromeをベースに、各社が独自カスタマイズを施したブラウザを展開する動きも活発です。
私も7月にCometを使った際は、正直「まだまだかな」という印象でした。しかし、今回のAtlasは違います。ブラウザ閲覧とリアルタイムの翻訳や調査がシームレスに実行でき、ユーザー体験が大きく変わることを実感させられます。この「体験の質の変化」こそ、大きな転換点だと感じています。
Googleの「牙城」が崩れた?反トラスト訴訟判決が引いた戦争の火蓋[7:28-10:38]
なぜ今、これほど急速にAIブラウザ戦争が勃発したのでしょうか。背景には、重要な「法的な動き」があります。
アメリカでは長年、Googleの独占的地位が問題視されてきました。検索エンジン、ブラウザ(Chrome)、モバイルOS(Android)という主要プラットフォームを押さえるGoogleに対し、アメリカ司法省が反トラスト訴訟を起こしていたのです。
今年9月、連邦地裁はChromeの売却要求こそ却下しましたが、重要な条件を付けました。それは、Googleが検索データやChromeに紐づくデータを、競合企業に開放しなければならないという是正措置です。
この判決こそが、AIブラウザ戦争の本当の火蓋を切ったと言えるでしょう。Chrome本体の買収は消えましたが、そのデータが使えるようになった。「それならば、Chromeをベースに自分たちのオリジナルブラウザを作ろう」と、各社が一斉に動き出したのです。
AI中心か、人間中心か。AIブラウザ「3つの思想」[10:40-12:18]
現在のAIブラウザは、その設計思想によって大きく3つのタイプに分類できます。
- AI中心型(OpenAI型)
AIエージェントが人間の代わりに全てのタスクを実行します。「Atlas」はこのタイプの代表例です。 - 人間中心型(Claude型)
あくまで人間が調べる内容を補完するサポート的な位置づけで、人間が主導権を持ちます。 - ハイブリッド型(Gemini/Microsoft型)
AIが人間の作業を効率化する、サジェスト機能が強い中間的なアプローチです。
ほんの少し前まで、ブラウザは「人間が能動的に検索するためのもの」でした。しかしAIの登場により、AIに任せる、AIと共同する、AIに補助させるといった、多様なスタンスで市場が再び盛り上がっているのです。
歴史は繰り返す、第一次・第二次「ブラウザ戦争」の教訓[12:20-16:00]
歴史を振り返ると、過去にも激しい「ブラウザ戦争」がありました。
第一次ブラウザ戦争(1995-1998年)は、Netscape NavigatorとMicrosoft Internet Explorer(IE)の一騎打ちでした。MicrosoftがOS(Windows 95)にIEを標準装備するという圧倒的な戦略で勝利を収めました。
第二次ブラウザ戦争(2008-2010年)では、巨人となったIEの開発スピードが落ちた隙を突き、FirefoxやGoogle Chromeが登場しました。当時はソフトウェアが「SaaS化」していく時代で、ブラウザ内でGmailのようなシステムを使うスタイルが一般化しました。Chromeは、このクラウド時代の動作に耐えられる「シンプルで速い」ブラウザとして、一気にシェアを獲得したのです。
そして今、私たちは第三次ブラウザ戦争の只中にいます。
VCが着目する2つの不可逆な変化:「体験」と「世代」[16:00-20:15]
この大きな変化を、私たちベンチャーキャピタルは2つのポイントで見ています。
第一に、ユーザー体験の根本的な変化です。 これまでのブラウザは、人間が検索し、結果リストから選ぶ流れでした。しかしAtlasのようなAIブラウザでは、対話ベースで質問を重ね、回答を深掘りしていきます。
これは、「辞典を見る感覚」から「先生に質問する感覚」への転換です。「なんとなく知りたい」という曖昧な状態からでも、AIが対話を通じてユーザーの関心を掘り下げてくれます。1を知ろうとして100が返ってきて、最適な1つを選んでくれる。この新しい体験を前提に、スタートアップはシステムの設計思想を変える必要があります。
第二に、AIネイティブ世代の台頭です。 今回のブラウザ革命は、若い世代がAIネイティブになるきっかけとなります。2010年代前半生まれの「アルファ世代」は、5年後、10年後には社会人になります。彼らにとってコンピューターは「使うもの」ではなく「一緒に話すもの」になるでしょう。この感覚の違いを、私たちは今から理解しておく必要があります。
第三次戦争の勝者が生む、新たなスタートアップの潮流[20:17-22:41]
過去の戦争を振り返ると、インフラとしてのブラウザが変わる時、必ず新しいスタートアップが生まれてきました。IEの時代にはeコマースが、Chromeの時代にはSaaSやクラウドサービス(Salesforceやマネーフォワードなど)が台頭しました。
では、今回の第三次ブラウザ戦争では、どのようなスタートアップが生まれるでしょうか。私たちは2つの方向性で進化すると考えています。
- AIブラウザフレンドリーなUI/UX
AIブラウザを前提とし、AIが参照しやすく、操作しやすいインターフェースを設計するスタートアップです。 - 業務特化型AIエージェント
AIブラウザが汎用ツールである一方、建設、医療、金融など、専門性が求められる領域特化型のAIエージェントが必ず生まれます。業界特有のデータを学習し、業務プロセス自体を効率化するサービスです。
おわりに
過去のブラウザ戦争は、プレイヤーが乱立してから2〜3年で勝者が決まり、その後10年以上その勝者の時代が続きました。
今回のAIブラウザ戦争も、おそらく2年程度で決着がつくでしょう。そして、勝者のブラウザを新たなインフラとして、新しいビジネスが次々と生まれると予想しています。Googleが王座を守るのか、OpenAIが新たな覇権を握るのか、目が離せません。
これはまさに10年に1回のチャンスです。ぜひ皆さんもAtlasなどのAIブラウザを実際に使い、自分の仕事や生活がどう変わるかを実感してみてください。そこから新しいビジネスのヒントが見えてくるはずです。
※この記事はポッドキャスト「VIVA VC」シーズン2第17回をもとに作成しました。番組では、AIブラウザ戦争の具体的なユーザー体験の変化や、今後のビジネスチャンスについてさらに詳しく語っています。ぜひお聴きください。
執筆 : 岩澤 脩 | ファーストライト・キャピタル 代表取締役・マネージングパートナー
編集 : ファーストライト・キャピタル | リサーチ・チーム
2025.11.10
ファーストライト・キャピタルでは、所属するベンチャーキャピタリスト、スペシャリストによる国内外のスタートアップトレンド、実体験にもとづく実践的なコンテンツを定期的に配信しています。コンテンツに関するご質問やベンチャーキャピタリストへのご相談、取材等のご依頼はCONTACTページからご連絡ください。
ファーストライト・キャピタルのSNSアカウントのフォローはこちらから!