
はじめに
2025年8月、OpenAIやAnthropicが、ある投資スキームに対して警告を発し、業界に衝撃が走りました。その名は「SPV(Special Purpose Vehicle)」。AIバブルを裏で支えてきたこの仕組みが今、大きな岐路に立たされています。
このSPV問題は、実は日米のベンチャーキャピタル(VC)業界が抱える、全く正反対の課題を浮き彫りにしています。今回はSPVの実態を解説するとともに、AIバブルの中で日米のスタートアップエコシステムがそれぞれ直面する、構造的な課題について深掘りします。
※この記事はポッドキャスト「VIVA VC」シーズン2第11回をもとに作成しました。番組では、SPVの仕組みやVC業界の構造的課題について、さらに詳しく議論しています。ぜひお聴きください。
そもそも「SPV」とは何か?[03:20-05:55]
SPV(Special Purpose Vehicle)は「特別目的会社」と訳され、VCが特定の投資案件のためだけに設立する、オーダーメイドの器(会社)のことです。
VCは通常、投資家(LP)から預かった資金をまとめた「ファンド」を通じてスタートアップに投資しますが、その資金には限りがあります。有望な投資先が追加の資金調達を行う際、本体のファンドがすでに資金を使い切っていて追加投資できない、というケースは少なくありません。
そんな時、VCはその特定の投資案件のためだけにSPVを設立し、外部の投資家(事業会社など)から新たにお金を集めて投資を実行します。これにより、VCは本体ファンドの制約を超えて有望な投資先を支援し続けることができ、外部の投資家にも魅力的な投資機会を提供できるのです。

米国VC業界の危機:AIバブルが生んだ「SPVの乱立」と「ゾンビユニコーン」[5:57-12:44]
一見すると便利なSPVですが、今アメリカで深刻な問題を引き起こしています。背景にあるのは、過熱するAIバブルです。
OpenAIのようなメガスタートアップへの投資額は桁違いに大きく、多くのVCは本体ファンドの資金を急速に使い果たしてしまいました。同時に、IPOまでの期間が長期化しているため、VCは投資家(LP)にお金を返すことができず、次の新しいファンドを設立するのも困難になっています。
資金繰りに窮したVCが、最後の手段としてSPVを乱立させているのが米国の現状です。結果として、OpenAIのような企業から見ると、SPVの先にいる無数の投資家を把握しきれず、ガバナンスや規制上の大きなリスクを抱える事態となりました。これが、OpenAIなどがSPV経由の投資に「待った」をかけた理由です。
さらに根深い問題が、実態のない「ゾンビユニコーン」の存在です。過剰な資金流入で企業価値が実態とかけ離れて膨れ上がったものの、関係者が増えすぎたために誰も「評価額が下がる」という現実を直視できず、SPVからの資金で延命しているスタートアップが多数存在しているのです。
日本の課題は真逆―1兆円の「ドライパウダー」と投資先不足[13:19-15:37]
一方、日本のVC業界が直面している課題は、アメリカとは全くの正反対です。
現在、日本のVCが保有する投資待機資金、いわゆる「ドライパウダー」の総額は、約1兆円に達しています。ファンドの組成も順調で、投資余力は十分すぎるほどあります。
日本の問題は、その潤沢な資金を投じるべきスタートアップの数が、年々減少していることです。アメリカが「投資しすぎて資金がない」という課題に直面しているのに対し、日本は「資金はあるのに投資先が足りない」という、正反対の構造問題を抱えているのです。
日本に必要なのは「起業家の裾野拡大」[15:38-19:20]
この状況を打開するために必要なのは、何よりも「起業家の裾野を広げる」ことです。
先日、ある大学で250人の学生に起業の意向を尋ねたところ、手を挙げた学生は一人もいませんでした。「起業なんて考えたこともない」という彼らの言葉が、日本の現状を物語っています。
この現状を変えるため、私たちファーストライトキャピタルでは「Thinka」という起業家コミュニティを運営し、創業間もない起業家たちに学びと繋がりの場を提供しています。先輩起業家の失敗談を共有し、無駄な失敗を避けることで起業家の生存率を高め、挑戦の総量を増やしていくことこそ、今の日本のVCに課せられた使命だと考えています。
今こそ日本で起業する絶好のチャンス[19:21-21:06]
では、これから起業を目指す人は何をすべきでしょうか。
まず知ってほしいのは、AIの進化により、起業のハードルが劇的に下がっているという事実です。AIを使えば、情報収集も、事業計画の壁打ちも、プロダクトの試作品(モックアップ)開発も、プログラミング知識なしで、かつてないほど簡単に行えます。
重要なのは、まず作ってみて、それをVCや先輩起業家にぶつけてみることです。
日本には、挑戦者を支える1兆円もの資金があります。アメリカが資金枯渇に苦しむ今この瞬間こそ、日本の起業家にとっては歴史的なチャンスなのです。
おわりに
OpenAIによるSPVへの警告は、AIバブルの歪みを象徴する出来事です。しかしその一方で、日本は全く異なる課題に直面していることも明らかになりました。
VCの役割は、単に有望な企業に資金を投じるだけではありません。持続可能なエコシステムを構築し、次世代の挑戦者を育て、社会全体で適切なリスクテイクを後押しすること。変化の激しい時代だからこそ、VCの真価が問われているのです。
※この記事はポッドキャスト「VIVA VC」シーズン2第11回をもとに作成しました。番組では、SPVの仕組みやVC業界の構造的課題について、さらに詳しく議論しています。ぜひお聴きください。
執筆 : 岩澤 脩 | ファーストライト・キャピタル 代表取締役・マネージングパートナー
編集 : ファーストライト・キャピタル | リサーチ・チーム
2025.9.29
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