
はじめに
投資プロセスの終盤、起業家とVCの間では、数字やロジックだけでは語りきれない「最後の交渉」が行われます。
今回は、投資委員会通過後の起業家との「最後の交渉」から「契約締結」までの流れを中心に、実際にどんな駆け引きが行われているのか、そしてその舞台裏で何が起きているのかをお届けします。
※この記事はポッドキャスト「VIVA VC」第14回をもとに作成しました。番組では、スタートアップとの最後の交渉や契約締結についてより詳しく語っています。ぜひお聴きください。
投資委員会から契約締結まで [03:08 – 04:59]
投資委員会が終了し、投資方針が固まった後にも、まだ重要なプロセスが残っています。それが「バリュエーション*1と出資条件の交渉」、そして「契約締結」です。
まず、投資委員会では出資金額や保有株式比率など、ある程度のレンジが決まります。これをベースにして、スタートアップとVCが具体的な交渉に入っていきます。
*1 バリュエーション(企業評価):株価を決めるプロセス、スタートアップがどれだけの株式価値を持つのかを決定すること。アーリーステージのスタートアップでは、明確な評価ロジックが存在しないことも多く、類似企業の評価、成長性、プロダクトのユーザー受容度など、定性的な要素も含めてバリュエーションを決定することが多い。
出資条件の交渉:VCとスタートアップの駆け引き [05:00 – 05:51]
この段階での交渉では、VCはなるべく高い株式保有比率を確保しようとします。例えば15〜20%の持分があれば、企業が大きく成長した際に大きなリターンが期待できます。
一方で、スタートアップ側からすれば、株式が多く渡るほど経営の主導権を失いかねず、また「希薄化*2」により創業者の保有割合が減ってしまいます。その結果、上場時に創業者の手元にほとんど株が残らないというリスクも。
VCは「少ない投資で多くの株式を得たい」、スタートアップは「多くの資金を少ない株式で調達したい」。この相反する思惑の着地点を見つけるのが、まさに交渉の核心です。
*2 希薄化:資金調達などで新たに株式が発行されることにより、既存株主の持株比率が下がること。創業者や初期投資家が持つ影響力が弱まったり、将来のリターンが減少したりする可能性がある。
バリュエーションの基本構造 [06:32 – 07:37]
交渉では「プレバリュー(投資前評価額)」と「ポストバリュー(投資後評価額)」という概念がよく登場します。
プレバリューに投資金額を加えたものがポストバリューであり、この両者の関係を正確に把握しておくことが交渉の鍵です。
例えば、プレバリューが想定より低く、調達額が大きくなると、結果的に株式が大きく希薄化してしまうことがあります。したがって、投資額と評価額の両方を冷静に見極め、総合的な着地を探る必要があります。
契約締結で交わされる4つの契約 [07:42 – 11:47]
契約フェーズでは、主に以下の4つの契約が結ばれることが一般的です。(今回は優先株式での投資を前提に解説します)
- 投資契約:出資額、株価、株数など、出資にかかわる取り決めを行う契約
- 株主間契約:拒否権や取締役の派遣、タグアロング権*3、契約違反時の買取請求権など、会社の意思決定やガバナンスに関わるルールを定める契約
- 総数引受契約書:発行された株式をVCが全て引き受けるという契約
- 株主分配に関する合意書:スタートアップが買収された場合に、VC株主間で利益をどう分配するかを定める契約
特に「株主間契約」は非常に重要です。たとえば、事前承諾事項の中には、会社の意思決定でVCが拒否権を持てる条項があります。VCのスタートアップに対する関与の度合いはこの契約によって大きく左右されます。
*3 タグアロング権:他の株主が第三者に株式を売却する際に、同じ条件で一緒に売却できる権利。これにより、少数株主が取り残されることなく、公平な条件で株式の売却に参加できる。
交渉の舞台裏 [12:13 – 14:17]
契約締結目前でも、状況が一変することがあります。バリュエーションも条件も合意した段階で、起業家から突然「10分ほどお時間いただけませんか」と連絡が入ることがあります。
その背景には「他のVCからより良い条件を提示された」というケースも。実際、多くの起業家は同時に複数のVCと交渉しており、リード投資家の候補が3〜5社ほど並行して存在しているのが現実です。
VCにとっては、自分たちが本命かどうかは最後まで分からず、手応えを感じていた交渉が突如として破談になることも。逆に、見込みが薄いと思っていたスタートアップから急に連絡が来ることもあります。
交渉で見える起業家の人間性 [15:30 – 17:17]
このような交渉は、起業家の人間性を垣間見る貴重な機会でもあります。すぐに妥協する人、VC同士を巧みに競わせる人、圧をかけてくる人など、スタイルは様々です。
交渉スタイルがその後の事業の推進力に関わってきているのではないかと感じています。交渉の時に妥協せずに圧が強い起業家の方が成長していく確率が高いのではないかと思います。
資本政策の落とし穴と向き合う [17:33 – 19:01]
現在、起業家にとっては比較的資金を調達しやすい環境が整っています。その結果として、「当初の調達希望額は1億円程度であったにもかかわらず、ベンチャーキャピタル側から5億円の出資提案を受ける」のような事例が増加しています。
しかし、これは起業家にとって必ずしも良い話とは限りません。VC側の都合で多くの金額が提示されることもあり、場合によっては「必要以上の資金」を調達してしまうリスクがあります。
資本政策とは、会社がどのように資金を調達し、株主構成や持株比率を設計するかという、戦略的な意思決定を指します。資金は多ければ良いというわけではなく、本当に必要な資金と妥当なバリュエーションを見極める視点が重要です。
おわりに
バリュエーション交渉から契約締結までのプロセスには、起業家とVCの駆け引き、信頼、そして時には裏切りも入り混じる、様々なドラマがあります。
数字や条件の話に見えつつも、そこには「人」が前面に出る場面が数多く存在します。この緊張感と熱量のあるプロセスを通じて、起業家とVCの本質的な信頼関係が築かれていくのです。
※この記事はポッドキャスト「VIVA VC」第14回をもとに作成しました。番組では、スタートアップとの最後の交渉や契約締結についてより詳しく語っています。ぜひお聴きください。
編集:ファーストライト・キャピタル SaaS Research Team
2025.3/31
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