一覧に戻る

【注目】成熟業界を揺るがす「垂直統合型スタートアップ」の台頭

2025.02.06

産業分析

【注目】成熟業界を揺るがす「垂直統合型スタートアップ」の台頭

日々、目にする生成AI関連のニュースでは、その性能もさることながら、従来のITとは比較にならない速さで進化していることに驚かされる。

しかしながら、企業の業務オペレーションが必ずしもそれに追随できるわけではない。

この10年でSaaSは多くの業界に普及し、業界特化型SaaS(Vertical SaaS)も台頭しているが、慣習や複雑な業務オペレーションが壁となり、ソフトウェアオンリーでは未だ十分にテクノロジーが浸透しきれない領域も存在する。

こうしたSaaS・テクノロジーが普及しづらい業界では、単なるソフトウェア提供にとどまらず、自社で構築したオペレーションへ直接テクノロジーを適用し、リーディングカンパニーを目指す「垂直統合型スタートアップ」が台頭しつつある。

本稿では、その戦略と可能性、そして注意点を考察する。

「垂直統合型スタートアップ」とは

ここでは、垂直統合型スタートアップの定義とその代表的な企業を挙げていく。

垂直統合型スタートアップとは

コノセル: 塾運営においてオペレーションエクセレンシー(高度な業務運営効率)を実現し、低価格かつ高品質な教育サービスを提供。

  • 垂直統合によって生み出される価値:学習データの集約とカリキュラム最適化
  • 学生の学習進捗や成績データを一元管理することで、蓄積データを活用したカリキュラム最適化と個別サポートを実施。これにより、教育の質を高めつつ効率を維持。

Linc’well: オンライン診療領域で、予約・診療・精算・配送を垂直統合するシステムを自社で開発・運用し、クリニック網を拡大。

  • 垂直統合によって生み出される価値:運営コントロールによる柔軟なサービス拡張
  • システム開発からクリニック運営までを自社で抱えることで、機能の追加・改良を迅速に行える。顧客ニーズや法規制への対応にも柔軟に対応可能。

日本農業: 農作物の生産・加工・販売を一貫して行い、オペレーション効率化とグローバル販路開拓により事業成長を実現。

  • 垂直統合によって生み出される価値:サプライチェーン効率化と市場拡大
  • 流通経路を自前で構築することで流通コストを抑制し、余剰在庫や価格変動リスクを軽減。さらに、グローバル販路への展開によって事業規模を拡大させている。

プロダクトとオペレーションの高速融合が最大のメリット

一般的なITベンダーは、業界各社にソリューションを導入する際、それぞれ固有のオペレーションに合わせた機能追加・調整を求められ、開発が複雑化する。利用企業数が増えれば増えるほど機能は多岐にわたり、UIは複雑化し、開発スピードは低下しやすい。

また、顧客オペレーションの変革を前提としたソリューションは、営業やカスタマーサクセスによる膨大なサポートが必要となり、顧客側が抵抗を示す場合には離脱リスクも存在する。

一方、垂直統合型スタートアップは自社が唯一のユーザーであるため、オペレーションとプロダクトを有機的に統合しやすい。オペレーション全体をコントロールできるため、必要な機能のみを実装して開発難易度を下げ、自社特有の深い課題解決に集中することができる。

プロダクトとオペレーションを融合

これにより、開発、シンプルな機能設計、円滑な運用・改善サイクルを高速で回せるメリットが生まれる。

課題:垂直統合戦略の難しさ

垂直統合型スタートアップには大きな可能性がある一方で、その特性ゆえの難しさも存在する。2015年に設立されたアメリカの建設スタートアップKaterraは、設計、資材調達、製造、物流、施工など、建設プロセスの全工程を自社で一元管理する垂直統合モデルを採用し、これにより納期短縮、コスト削減、高品質の実現を目指した。しかし、2021年6月に以下の理由などにより経営破綻を余儀なくされた。

運用の複雑化:
広範な業務領域を内製化した結果、管理が複雑化し効率低下を招く。ソフトウェア開発の遅れや標準化不足が全体プロセスに悪影響を与えた。
急速なスケールによるリスク:
資金調達に依存しながら急拡大した結果、財務管理が不十分になりコスト増加が止まらず、品質面やオペレーション面で課題が噴出。
市場特性への適応不足:
建設業界固有の保守性やカスタマイズ要望に対応しきれず、顧客ニーズへの柔軟な対応が困難となる。

垂直統合型スタートアップの経営難易度が高く、市場特性を十分理解し、標準化・プロセス管理・財務戦略・顧客適応など、多角的なリスクコントロールが必要となる。

今後どのような領域で垂直統合型スタートアップが現れるか

こうしたモデルが機能するためには、テクノロジー活用によって既存企業を凌駕する競争優位を確保できる領域であることが必要だ。

傾向:
①オペレーションが数十年間ほぼ変わっていない(改善余地が大きい)
②高齢化した労働力が多く、デジタル・テクノロジーが普及しにくい
③小規模事業者が多く、ハイエンドなテクノロジー浸透が困難

垂直統合型スタートアップが示す方向性は、単なる「SaaSを導入して業務改善する」といった枠を超え、テクノロジーを自らの事業オペレーションの中核に取り込み、業界自体を変革し得る点にある。

自社のオペレーションを起点に、優位性を確立するための最適なプロダクトを内製し続けていく。その結果、単なる機能改善にとどまらず、業界慣習や常識を根底から覆し、新たな市場標準を創り出すことを目指す。

このアプローチは「垂直統合型テクノロジー企業」への回帰とも言える。歴史を辿れば、製造工程を自社で握り込むことで優位性を築いてきた「フォーディズム」のような巨大企業が存在した。

しかし現代において、こうした垂直統合は、より軽量なテクノロジーと俊敏な意思決定によって、スタートアップレベルでも成立し得るようになった。テクノロジーを核に据えることで、オペレーション変革は高速化し、新たな勝ち筋を描くことができる。

筆者自身、かつてトヨタ自動車でトヨタ生産方式に基づく原価低減や部品調達活動に携わっていたが、そこで痛感したのは、工程を一貫して管理しながら継続的に改善を重ねるアプローチの強さであった。オペレーション全体を俯瞰し、問題を可視化して改善策を迅速に反映することで、劇的なコスト削減と品質向上を同時に実現できるスタートアップの誕生が望まれる。

加えて、この「垂直統合型」戦略は、単なる生産性向上ではなく、顧客体験や社会全体の価値転換をもたらすかも知れない。自社オペレーションの改善を通じて生まれるプロダクトやシステムは、最初は自社に完璧にフィットするニッチな解であったとしても、例えば「トヨタ生産方式」のようにやがてその方式自体が新たな業界標準へと波及し、他社の手本となり得る。これは、単なるシステム提供者としてのSaaS型企業では実現しづらい巨大スケールの変革とも言える。

今後、資本効率やスケーラビリティといったVC的観点からも、垂直統合型モデル企業の創出には課題も多い。しかし、人材のリスキリングやオペレーション知見の集約、テクノロジーコストの低減、知財化可能な独自ノウハウの蓄積等、長期視点での競争優位には強く寄与する。

スタートアップとしては、徹底的な垂直統合とオペレーション最適化を通じて、既存プレイヤーには実現困難なコスト・サービス水準を提示できれば、巨大な価値創造余地があると考えられる。

今後どの領域で垂直型スタートアップが現れるか

総じて、垂直統合型スタートアップの台頭は「テクノロジー活用=単にツールを導入して効率化」から、「テクノロジーを自社のビジネスオペレーション変革の根幹に埋め込み、新しい業界モデルを創出する」段階へと市場がシフトしている兆候と言える。

本記事をリリースする直前の2月4日にも、これまで現場向けビデオ通話ツール「SynQ Remote」などのSaaSを提供してきたクアンドが測量・補償コンサルタント事業を手掛ける南都技研を買収するニュースが見られるなど、スタートアップによる動きも加速している。

こうした新潮流を見極め、テクノロジーとオペレーションが渾然一体となるビジネスモデルに注目するタイミングを迎えている。


執筆:前橋 卓弥(アントレプレナーインレジデンス)
編集:早船 明夫(チーフ・アナリスト)
2025.02.07

Top Insights 産業分析 【注目】成熟業界を揺るがす「垂直統合型スタートアップ」の台頭

Newsletter

ファーストライトから最新のニュース・トレンドをお届けします。