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【UPSIDER】金融業界のペインに寄り添い、ユーザー60,000社を突破。その成功の背景にあるものとは

2024.12.20

成長支援

【UPSIDER】金融業界のペインに寄り添い、ユーザー60,000社を突破。その成功の背景にあるものとは

既存の巨大市場に切り込むスタートアップは着々と増えている。しかし、当然ながらPMFやその後の横展開など、事業を軌道に乗せるまでにいたる企業は一握りである。

どのようにすれば市場への新規参入に成功し、ポジションを確立することができるのか。株式会社UPSIDERは、金融業界という巨大な既存産業の中で着実にユーザー数や売り上げを伸ばしてきた。

​ファーストライト・キャピタルでは、2024年9月に起業を志す方のためのイベント「VENTURISE(ベンチャライズ)」の第3回を開催。株式会社UPSIDER代表取締役・水野智規氏をお招きし、「金融業界のペインを見抜き、フィンテックプロダクトで駆け上がってきたUPSIDERが語る、新規参入の勝ち筋とは?」をテーマに、スタートアップのマインドについて聞いた。

本記事では、クローズドなディスカッションの中から、外部公開の許諾が得られた内容に限定し、コンテンツ化していく。

経験に基づく弱者の戦略で、リスクをコントロールする

――株式会社UPSIDERは現在、導入企業数が6万社、UPSIDERカードの累計決算額が4,500億円、支払い.comの累計決済額が700億円にのぼっています。プロダクトがPMFをつかみ取っている現状について、どのようにお考えですか。

水野氏:当社の事業は、ユーザー数は伸びていますがお客様の利用額によって大きく売り上げが変わります。ここは「運ゲー」のような側面もあると考えていますね。SaaSなど、アカウント数を増やすことで売り上げが伸びるビジネスとは少し異なります。

そもそもカード事業をすることになったことも「運」でした。きっかけは、共同創業者でマッキンゼー・アンド・カンパニー出身の宮城からたどった縁です。そこからMastercardの方とお会いする機会を得て、カード事業をすることが決まりました。正直に言えば、カード事業に勝機を見出したと言うよりは、たまたまの出会いに恵まれた部分が大きかったのです。

金融を手がけることになったものの、金融系の領域出身のメンバーはいませんでしたし、資金もありませんでした。でもそこで考えたのは「みんながやりたくないことを選択しないと勝てない」ということです。弱者の戦略を取ることにしたのです。

また、自分自身がスタートアップについての解像度が高かったことも事業に踏み切った理由です。僕は過去に自分で会社を立ち上げたことやユーザベースでの経験から、スタートアップがそんなにすぐに潰れることはないとわかっていました。しかし、それなのにカードの与信枠が少なすぎると感じたのです。これはやるしかないと思いましたね。

――それまで他のスタートアップが手を付けなかったことについて、どのような理由があると思いますか。

水野氏:まず、カード事業そのものがハイリスク・ローリターンに見えるのだと思います。そもそもまだ年成長率の高いカード市場の中で、赤字になることも多いスタートアップ向けの法人カードを作ることには、あまり合理性がありません。また、実は事業自体の収益性もあまり高くないのです。加盟店からいただく決済手数料は、おおむね数%。ポイント還元キャンペーンなどをしていると1%しか残らないこともあります。

つまり、手を出しづらく、構造的にうまみも少ないビジネスモデル。しかし僕は、だからこそ飛び込むしかないと思いました。何も知らないまま始まったビジネスですが、普通のことをしていても勝てないということは強く心に刻んでいました。また、たとえ事業が吹き飛んだとしても、ビジネスが小さいからこそ傷は浅いとも考えました。

ビジネスの種を見つけた際に、リスクとチャンスの構造をきちんと見極めることや、リスクとリターンの釣り合い、リスクはコントロールできるものかどうか判断することは、とても大事だと思います。

友人や好きな人に持ってもらうカードには何が必要か?を考え抜く

――UPSIDERは、プロダクトデザインやUI/UXについて事業の立ち上げのタイミングからこだわり抜いていらっしゃる印象があります。それはなぜでしょうか。

水野氏:ありがとうございます。事業立ち上げの際、僕らは最初に「挑戦者を応援する」ことを決めました。それは、挑戦をする人たちが好きだからです。好きな人にダサいモノを持ってもらうのは嫌だなと考え、デザインにはとことんこだわりました。どちらかというと、ユーザーというよりも友人にサービスを提供している感覚がありますね。

かのスティーブ・ジョブスは、ユーザーにフォーカスすることの必要性を「病的なほど」と表現しました。自分にとっての「病的」とはどのくらいだろうと考え、1番好きな人に対してすることをイメージしたのです。

特に「これだけは」という機能のUI/UXには徹底的にこだわりました。僕たちは機能そのものが「足りない」と言われることは許容したとしても、最も必要とされる機能のUI/UXが満足いただけないのは許容できないと考えていたからです。

実際に、人は意外と多くの機能を求めていないですよね。機能がどんどん増えてリッチになっていっても、すべての機能を使いこなしている人はほとんどいないはずです。

クレジットカードは世の中に既にたくさんあります。その中で事業をしていく以上、少人数の方に熱狂的に刺さる必要がありました。そこで最初の熱狂的なファンを作るために、必要な機能に徹底的にこだわり、逆にそれを磨くために、それ以外の機能を捨てることにしました。

――UPSIDERでは最初に「TheModel式のビジネスはしない」と決めたと伺いました。なぜそう決めたのか教えていただけますか。

水野氏:TheModel式のビジネスは法人のBtoBSaaS、例えばマネーフォワード、freee、ラクスなどのバックオフィス系に特に多く存在しています。これらは真面目に頑張ることで伸びていくサービスで、とても美しいビジネスだと思います。

しかし、人もお金も知恵もない自分たちがこの大きな市場で大きな企業と同じルールで戦っても、とても勝てるとは思いませんでした。

競合へのリスペクトを強く持っていたからこそ、僕たちはスタートアップの生存戦略として「やらないこと」を明確化し、違うやり方を選んだのです。自分たちは基本的に「そのマーケットで1番の弱者だ」と考え、取れる戦略を取ってきたという形です。

――まさにリスクがコントロールできる事業にチャレンジされたのですね。粘り強く取り組んできた中で、最も大変だったことは何でしょうか。

水野氏:初期の頃、システムをヨーロッパから持ってくるプロジェクトがありました。ところが先方の会社が大規模な不祥事を起こしてしまい、既に支払っていた数千万が回収できなかったことがありました。

カード事業自体をあきらめなければならないような大きな出来事で、どうしようかと悩みました。しかし、全員で投資先に説明して回り、事業を続けたいのだと本気で伝えていくことで、ご理解とご納得をいただくことができました。行動から気持ちが伝わり、挑戦を応援し続けていただけたのだと思います。

徹底的な内省と挫折から導かれた、事業の根幹「挑戦する人を応援する」

――お話をお伺いしていると、熱狂的なファンを作ること、そしてユーザーを身近な存在と捉えて大切にしていることを感じます。そこには水野さんのどのような背景があるのでしょうか。

水野氏:ユーザベースを退職した後、最初にまず自分1人で小さな事業を作りました。一定の軌道に乗せることはできたのですが、「こういうことがやりたくて、ユーザベースを辞めたわけではなかったな」と感じました。その後、試行錯誤する中で挫折を経験し、自分1人では何もできないという現実に打ちのめされました。それで仲間を探すことにしたのです。

やがて宮城と一緒に事業をすることになり2人になりましたが、それでも2人では何もできません。そのうちに外部の人が助けてくれたり、まだプロダクトも資金も何もないのに「一緒にやろう」と言って社員が入ってきてくれたりして、少しずつできることが増えていきました。

「成功したい」と思って頑張っていたことで、多くの方に引き上げてもらったと感じていますし、カード事業もユーザーの皆さまの成長によって引っ張っていただいています。自分の手柄ではないことをまじまじと見せつけられて、非常に嬉しいです。自分たちのプロダクトは、頑張っている人にとって喜んでもらえるものにしたいと思っています。

――宮城さんとの出会いは大きかったのですね。水野さんの中で「こういう人と一緒に起業したいな」などと、当初からイメージや条件を持たれていたのでしょうか。

水野氏:やはり「勝てる人と一緒にやりたいな」という思いは持っていました。僕は最初、最速で1人で中小企業を作って満足してしまっていましたし、性格的にもどちらかというとネガティブに考えがちです。一時、「UPSIDERの潰し方」をひたすら考えていたことがあります。それを社内で嬉しそうに話し回っていたら、一般社員への接近を禁じられました(笑)。

そんな僕と違い宮城はいつもポジティブで、神輿をかつごうと思える存在です。そんな宮城の下だからスタッフは自由に動くことができますし、宮城も僕も自由にしています。そういう存在であることはすごいなと思います。

また、宮城が資金集めに向いているというのは強い特徴だと思います。このビジネスで1番リスクを取っているのは、お金を貸してくださる人、つまり投資をしてくださる人です。そのような人を探して営業をし、資金を集めなければいけません。

資金が足りなくなって赤字になってしまえば、路頭に迷うことになります。いわばデッドヒートで、僕は胃が痛くなる毎日なのですが宮城は違います。圧倒的な器の大きさを感じますし、僕にはできないことをしてくれていると思いますね。

――水野さんは内省型というか、自己理解を深めている印象があります。その意味では、水野さんの人間性がドメインやプロダクトにフィットしていたのでしょうか。

水野氏:起業初期にVCをしている友人に相談をし、自分自身をとことん深掘りしてもらった経験があります。「お前は何がしたいのか」「どういう時に落ち込むのか」など、ファミレスで8時間も壁打ちに付き合ってもらいました。その壁打ちの時に最後に残ったのが、先ほどもお話した「挑戦者を応援する」という言葉だったのです。

天才的な経営能力や実行力があれば、違う市場で力を伸ばすこともできたかもしれません。しかし、僕は自分にはそのような能力も、宮城のような人を惹きつける力もないと思っています。

だからこそ、皆さんの頑張りにリスクを取って必死でついていっています。「挑戦者を応援する」ことは金融らしさがあって好きですし、自分に合っているように思います。

――最近リリースされた『自治体共創ファンド』の事業はカード事業とは異なる取り組みですが、「挑戦者を応援する」という文脈では共通しているということですか。

水野氏:そうですね。予算のない自治体に対してのスタートアップ事業者によるサービス提供を、UPSIDERや投資家がサポートするのが『自治体共創ファンド』です。出たリターンの数%をバックしてもらうビジネスモデルとなっています。今まで、なかなか自治体のキャパシティだけでは実現しなかったものを、ノウハウやリソースを外から持ってくることで、自治体の負担が少なくても成果が出るという仕組みになっています。

今まで地方創生をはじめとする公共の事業にあった構造的な課題に対してソリューションを組み、実現しました。公共セクターの事業ですのでTAMは100兆円規模となりますが、イギリスでは前例があるものの日本ではまだごく少数の実例しかありません。パートナーは皆、志がある人たちで構成されているので、楽しいですよ。

――「何をするか」は可変的ですが、「何を大切にしたいか」は不変なもので、それを見つけるのは大変です。水野さんはそれを初期に見つけることができたことが、今につながっているのですね。

水野氏:実は僕は、自分1人で事業をやっていた時期から宮城と起業するまでに、2年かかっています。さらにUPSIDERがカード事業をリリースするまで、何も価値提供できなかった期間が2年あるのです。

反省することも多く、どちらの期間も暗闇のようでした。しかし、10年付き合っている彼女に当時言われたことは「あなたは自分への評価が高くて周りからの評価を気にしないよね」ということでした。無意識の中で「俺はいつかできるようになる」と思っていたのです。暗闇の中でも毎日楽しく生きていけることは、今でも意外と大事なことなのではないかと感じています。

――仲間作りと、行動量や粘り強さ、コミュニケーションの丁寧さが競争優位性だった。いずれもとても重要なテーマだと感じます。
水野氏:今振り返ってすごく良かったなと思うのは「挑戦者を応援する」というのを最初に決めたことです。世の中にはいろいろな企業がありますが「挑戦者を応援する」というのは、どの企業にも共感してもらえることでした。それを掲げて一貫性を持って仕事をすることを大事にしてきたからこそ、パートナーの方々にも応援してもらえたのだと思います。


記事執筆:落合真彩
編集:ファーストライト・キャピタル SaaS Research Team
2024.12.20

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