スタートアップの成長には「バリュー(価値観・行動指針)」が不可欠。
バリューづくりの過程を公開するスタートアップも増え、年々バリューの重要さは増してきているといえます。
一方で、ベンチャーキャピタルの世界ではどうでしょうか?
どのVCがどのようなバリューを大事にしているか?
そのVCのキャピタリストらしさはなにか?
意外にも、パッとわからないのが現実かと思います。
「どのVCがどのような価値観を大切にしているかわかりにくい」という声を聞いたり、ファーストライトもキャピタリストが5名を超えたタイミングということもあり、
私たちが大切にしている価値観を言語化し、新たにバリューを作成することにしました。
今回の記事では、実際のファーストライトのバリュー策定のプロセスから気づいた「バリュー策定における大切なこと」についてお伝えをしていきます。
良いバリューと悪いバリュー
今でこそ投資先に「バリューが大切」と伝えつづけていますが、私自身、そのバリューの大切さを知ったのはユーザベースに入ってからです。
金融・コンサル時代も「ステークホルダーに対する約束」や「One ファーム」などのバリューはありましたが、思い出せといわれても全く思い出せないほど、それは遠い存在でした。
そのため、その後のユーザベースで自分が「バリュー経営」をすることになるとは夢にも思っていませんでした。実際、バリューをある種の美辞麗句と見下していた自分もいました。
その価値観が180度変わる経験が、ユーザベースに入社した直後にやってきます。
当時、30名の組織で自分が組織崩壊を起こし、それがきっかけとなり、バリュー(7つのバリュー)ができたのです。
バリューなき組織がどれほど脆いか、バリューの存在がどれほどメンバーの自信となり自己成長を加速させるか、バリューが国境を超えいかにチームを強くするか、を強烈な原体験として経験をしました。
まさに7つのバリューなくしてユーザベースの成長はなかったといっても過言ではありません。
そもそも、良いバリューとは何でしょうか?
書籍などでたくさんの解説がありますが、私はこれまでのリアルな経験をとおして下記のような解釈をしています。
バリューを作った時に、当時のユーザベース代表の新野さんから「ルールは人を縛り、原則は人を開放する」と言われたことがあります。「バリュー通りの」ということではなく、多様な意見がぶつかり判断に迷った時のよりどころがバリューであるということです。
自分達の等身大を表現するということにもこだわっていました。どんなにきれいな言葉でも一人一人が自分ごととしてそのバリューを語れなかったら意味がありません。今そこにいるメンバーがもつ空気感を表現できているかどうかが、バリューが各自の心と繋がる大事なポイントであると思います。
時折、経営者の価値観をバリューにし訓示的な位置付けにしているケースも見ます。経営方針にもよりますが、多様性のあるチームを作りたい場合は、経営者の価値観=バリューではなく、バリューが経営者個人の価値観よりも上位概念であるというスタンスでバリュー策定をすることをお勧めします。
これまで多くのスタートアップを見てきましたが、組織崩壊が起きるケースの大半は「バリューとチーム実態の乖離」が原因です。
良いバリューを作れていれば、不必要な意見衝突や採用の失敗は避けることができ、結果、成長のスピードを高めることができるといえます。
なぜ、VCでもバリューが必要なのか?
では、VCにとってのバリューの存在意味は何でしょうか?
もちろん、VCという企業としてチームを強くするという意味もあろうかと思います。しかし、私はそれ以上に「投資先に対する約束やメッセージ」という意味合いが強いと思っています。
VCの役割は「新産業をつくる支援」です。それは、超長期の時間がかかることですし、そもそも、一度投資をしたら5〜10年は起業家の皆さんと一緒に挑戦を共にすることになります。投資先とVCのバリューの不一致があっては、決して双方のポテンシャルを最大化できませんし、その関係を続けることほど辛いことはありません。
そのためにも、VCとして自分達のバリューを掲げ、投資前に起業家とその価値観のすり合わせを行うことはとても重要なプロセスといえます。
ファーストライトでは昨年「事業家による起業家のための100年VC」というミッションを作りました。
100年後の未来を妄想すると「投資先がデカコーンになっている」「海外で通用するVCになっている」など、いろんなビジョンが浮かんできます。その中でも、私が一番鮮明にイメージしたのは、100年後も「なんか、ファーストライトの投資先っぽい」「なんか、ファーストライトのキャピタリストっぽい」と起業家から言われている景色でした。
時流が変わっても、いい意味で変わらない価値観をもつことが、100年続く組織をつくる土台になる、そう思っています。
バリュー策定のプロセス
ここでは、バリューをどういうプロセスで決めるのか?について説明します。
バリュー策定におけるDon’tは「全て外部に委託する」ことです。バリューは突然どこからか綺麗なワードが降ってくるものではなく、今ここにいる一人一人のメンバーや日々のコミュニケーションの中にしか存在しません。バリューを形骸化させないためにもまずは自分の組織のメンバーで主体的に作っていくことをお薦めします。
大事なのはボトムアップとトップダウンのバランスです。トップダウンでは、バリューがメンバーにとって身近なものではなくなり形骸化しやすくなる一方、ボトムアップでは意見が発散してバリューの言葉に落ちていかない。そのバランスを取るために、私たちは下記ステップでバリューを決めました。
バリュー策定 5つのステップ
- オフサイトミーティングで各メンバーが大切にしている(したい)価値観をリストアップ
- リストアップされた価値観を項目別にグルーピング
- グルーピングしておおまかなキーワードを抽出する
- 抽出したキーワードをもとに言葉のプロフェッショナルに言語化を委ねる
- 言語化されたバリューがメンバー全員にとって自分ごととして捉えれられるかを最終チェック
特に、4の「言葉のプロフェッショナルに言語化を委ねる」はとても大事だと思いました。今回も、ファーストライト創業期からデザイン面・メッセージ面で伴走してくれているデザインでの齊藤 智法さんに言葉の磨き込みをお願いしました。
バリューづくりの際に、私が意識していたことは下記5つのポイントでした。
そのプロセスを経てできたのが下記5つのバリューです。
ファーストライト 5つのバリュー
バリュー策定のプロセスを通して完成した、それぞれのバリューについて解説をしていきます。
Diversity first:多様性から変革を起こす
変革を起こすためには、私たち自身が多様性のあるチームでありつづけることが求められます。性別、国籍、年齢、人種などにとらわれず、多様なバックグラウンドを持つメンバーが活躍できる場を提供していきます。
Giving back:社会・産業に資する
ベンチャーキャピタルファンドの存在意義は、資本を活用して新産業創出を支えることにあると考えています。私利私欲ではなく、常に自分の行動が社会や産業に貢献できているのか?社会・産業に貢献する投資先を支援できているのか?という視点を持ち続けていきます。
Insight-driven:本質を探究しつづける
時流に流されることなく、深い洞察に基づいて、市場動向や事業の本源的価値を追究し、自らが主体的に意思決定をします。調査力・分析力を活かした仮説思考が、ファーストライト創業以来のアイデンティティです。
Empower entrepreneurs:いつも起業家に勇気を与える
リアルな事業経験・経営経験があるからこそ、起業家のタフタイムに最も寄り添える存在でありたいと思っています。資金や知見だけではなく、一緒にいると起業家に挑戦する勇気が湧いてくる。そんな魅力をもつキャピタリストでありつづけます。
Open-minded:偏見に囚われない
自分が持っている「あたりまえ」という物差しをこわし、客観的にものごとを捉えらることができるか?を投資判断では大切にしています。他者の意見に耳を傾け、自分の判断を洗練させていくことが正しい判断の近道であると思っています。
いかがでしたでしょうか?
バリューは「メンバーはこうあるべき」というルールではなく、多様な価値観を持つメンバーが同じテーブルで議論するための判断の指針です。判断に迷ったり、意見がぶつかったりした時に頼れる存在でもありますし、メンバー一人一人の自信や自己成長をうながす糧でもあります。
バリューは一度強度を緩めたら、あっという間に形骸化してしまいます。
そのため、今いるメンバー全員が自分の言葉で咀嚼して自分のものにしつづけられるかどうかが大切です。
ぜひ、多くのスタートアップが「会社の未来をつくるバリュー」をつくれることを願っていますし、ファーストライトとしても私たちと価値観を共にするスタートアップの皆さんと出会いたいと思っています。
単なるきれいな「ことば」ではない、皆さんの内から湧き出るバリューを知れる日を楽しみにしています。
今回の記事を通して、バリューをつくる目的とプロセス、ベンチャーキャピタルとしてファーストライトが大切にしている価値観を少しでも理解してもらえたなら嬉しく思っています。
執筆:岩澤 脩 | ファーストライト・キャピタル 代表取締役・マネージングパートナー
2023.08.04
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