SaaS企業においては、T2D3(事業PMF後のARR※年間経常収益を1年ごとに3倍、3倍、2倍、2倍、2倍のペースで成長させること)がグロースの1つの指標となる。また、T2D3をあくまでも通過点とし、さらに成長を続けるためには、市場の大きさが不可欠だ。
だが、T2D3達成企業は少なく、そのグロースの秘訣を学べる機会はなかなかない。参入する市場の見極めからPMF、その先のグロースまでをどのように描くべきか。
日本の産業を進化させるというミッションのもとに起業家が集うソーシャルクラブ「Thinka」では、2024年9月、Monthly Thinka第2回を開催。株式会社ニーリー代表取締役・佐藤養太氏と、株式会社シンプレクス・テクノロジー(現 シンプレクス株式会社)での新卒同期であるNewsPicks事業執行役員CPO/CTO・文字拓郎氏をお招きし、「業界のリーディングプレイヤーとなるための拡張性の導き方」をテーマに、ビジネスモデルについて学びを深めた。
本記事では、クローズドなディスカッションの中から、外部公開の許諾が得られた内容に限定し、コンテンツ化していく。
受託事業から自社事業へ。豊富な事業経験、起業家・VCとの対話から決断
パネルディスカッションに先立ち、UB Venturesチーフ・アナリストの早船明夫から、ニーリーにおいて注目すべきポイントを紹介。
2021年末から2023年末の2年間で、ARR成長率は+1,110%とT2D3を上回るスピードで推移しております。
*ニーリー資金調達 リリース「Park Directを運営するニーリー、累計資金調達額102億円に」より
①国内でも数少ないバーティカルSaaS領域でのT2D3スタートアップであること:ここ数年、T2D3ペースで成長するSaaSは増えていても、そのほとんどがホリゾンタルSaaS。ニーリーだけがバーティカルSaaS領域でT2D3ペースを超えている、その要因は何か。
②分散型の業界・市場をいかに攻略していったのか:バーティカルSaaS企業の悩みとして多いポイント。
③「BtoBtoC」でアクセス可能となる国内屈指の巨大市場(TAMの広がり):ニーリーの最大の特徴は、単なるBtoB SaaSではなく、エンドユーザーの自動車保有ユーザーに対して広がりのあるビジネスになっている点。そのあたりをどのように考えて事業展開しているのか。
――それではまず、佐藤さんに自己紹介いただきます。
佐藤氏:株式会社ニーリー、代表の佐藤と申します。弊社は不動産管理会社様向けに、月極駐車場オンライン契約サービス「Park Direct(パークダイレクト)」を2019年からサービス開始しております。
文字氏:NewsPicks CPO/CTOの文字です。私は佐藤さんの新卒の同期として呼ばれています。結構長い付き合いになりますが、新卒の頃の佐藤さんはものすごく優秀だというイメージではありませんでした(笑)。ですがその後、独立して今すごく事業が成長しているので、「一体何があったのか」という部分に突っ込みながらお話ししていきたいと思います。
――まず「Park Direct」開始の経緯や市場選定の背景についてお話しいただけますか。
佐藤氏:弊社は2013年創業ですが、創業から5年近くは私1人でした。人を雇う自信がなかったこともそうですし、「インキュベーション」と呼んでいる受託案件を主に行っていました。いろいろな会社の新規事業開発に対し、プロジェクトマネージャーもしくはディレクターとして入らせていただき、個人のエンジニアの方や別の開発会社の方と一緒に行ってきました。
2019年に自社事業である「Park Direct」が立ち上がりました。受託案件で新規事業開発をする中でいろいろな相談を受けている際に、不動産管理会社様から「駐車場のオンライン契約をしたい」と言われたことがきっかけです。
2020年にはエクイティの資金調達もしました。当初はすべての事業を自己資金と銀行からの借り入れで回していました。しかし知人のスタートアップが狭いオフィスから始まり、米国企業に100億円規模で売却するまでのストーリーを傍から見ていて、「自分にもできるかもしれない」と思ったことで、自分で事業を行いながらエクイティの資金調達を行うようになりましたね。
――ちなみにその当時、文字さんから見る佐藤さんはどんな存在でしたか?
文字氏:インキュベーションでいろいろなことやっていましたよね。台湾に行ってシステム販売したりとか。
佐藤氏:本当にいろいろしていましたね。スタートアップアクセラレータプログラムにも応募したり、起業家の方のSNSでお茶会募集をされているのを見てDMして行ってみたり、いろいろな方向で行動していました。起業家やVCの方々とお話させていただく機会は多くありましたね。
事業検討は「市場×新規性」で考える
――豊富な事業立ち上げ経験の中で、「Park Direct」に本格的に注力しようと思ったのはなぜですか?
佐藤氏:「Park Direct」以外にも、様々な新規事業を計画していたんです。それこそ今、PR TIMESの弊社ページを見ると、富士そばさんとの来客分析の実証実験とか、IoT喫煙検知とかいろいろ出てきます。
文字氏:その頃、養太はどこに向かっているのかと思っていた(笑)。
佐藤氏:迷走していました(笑)。事業案は20個以上検討していましたね。介護施設向け管理システム、高齢者向けクレジットカードサービス、遠隔医療歯科サービス、転倒検知、不動産集客、喫煙検知等々……。それらを分析・検討していった中で「Park Direct」だけが残った、という感じです。
事業の検討・分析は全部のアイデアに対して細かく行いました。例えば介護施設向けの管理システムの検討の際は、介護事業所に10ヶ所程度訪問してお話させていただき、並行して市場分析も行いました。
――その中で「Park Direct」に絞った経緯をお聞きしたいです。
佐藤氏:新規事業はまず「市場×新規性」で考えます。市場があって新規性もあるプロダクト・サービスは参入すべきもの。市場があって新規性がないものとは、私が1人で行っていた受託案件のような仕事です。ここは新規性がないのでコストで叩かれることもありますが、一定の売上は上がります。
市場がなく新規性がある領域を切り開くには、「ひたすら検証orごり押しムーブ」が必要です。大きな資金を投下して半ば強引にPMFを迎えていくものとなります。市場も新規性もない領域は、私は趣味のようなものと捉えていて、面白いネタがあれば市場調査をしに行くというスタンスです。
「Park Direct」の検討をしていくと、このうち左上(市場も新規性もある)に当てはまることが分かってきました。市場には約8,300万台の車両登録があり、約3,000万台の月極駐車場があり、対面・郵送での契約が全てオンライン完結するという新規性がありました。
――本格的に「Park Direct」でいこうと意思決定した後、どのようにアクセルを踏んでいったのですか。
佐藤氏:大前提として、受託事業では社員採用をしないと決めていました。自社事業と受託事業では社員に求める要件が全然違いますし、受託の場合、多くはプロジェクトが終わればチームは解散になります。そのため、人件費は常に変動費化して会社として身軽にしておくことにメリットがありました。
おかげさまで創業以来、「Park Direct」が立ち上がる2019年までの7年間はずっと増収でしたし、黒字経営ができていました。そのこともあり、自社の利益と銀行からの借り入れで突っ走れるところまで突っ走りたかったんです。
2019年11月に「Park Direct」をローンチした頃はまだ社員数6名。そこから2020年にはプラス10名を採用して、数千万円を投下し、エクイティの資金調達も決意して「Park Direct」を加速させようとしました。
文字氏:ここの意思決定の思い切りがすごいですよね。なんでこんなに思い切ることができたのかが気になります。
佐藤氏:そもそも受託でいろいろな会社の新規事業に携わる中で、外部の人間として行える意思決定の範囲に限界を感じていました。自分で判断したいという欲求が、自社事業にコミットする背景にあります。
また、新たに人を採用する上では最初からマネジメントができるメンバーを10人揃えようと考えて採ったので、まずチームに自信があったんです。このメンバーだったらいけるんじゃないかと。実際のところ事業の初速は全然良くなかったのですが、全く疑うことなく「突っ込むだけ突っ込もう」と思っていました。
コロナ禍、ビジネスモデルの変更がきっかけでPMFを実感
――2020年5月が4月対比で400%伸びたとのことですが、実際にユーザーに刺さっている感覚はあったのですか。
佐藤氏:1人目のユーザーにインタビューさせていただいたときに、実感しましたね。実はリリースしてから最初のユーザーにシステムバグで多重決済をしてしまい、謝罪に伺ったんです。謝罪しながらヒアリングしたときに、「静岡から神奈川に転勤になり、その移動の新幹線の中で決済をした」と聞き、この方がまさに理想のユーザー像であることに気づきました。
それまで駐車場の月極契約を考えている方は、Web上で駐車場だけを検索することが難しく、現地に行って歩き回り、適した駐車場の看板を見て不動産会社に連絡し、訪問するしか契約方法がありませんでした。そのようなユーザー体験だったので「Park Direct」によって、オンラインで検索してその場で契約できることのメリットが非常に大きい。そのメリットがそのまま刺さったようなユーザーさんが1人目で現れたことは自信になりました。
――刺さっている感覚と、優秀なチームがある。これはもう突っ込むしかないと決められたわけですね。文字さん、佐藤さんはもともとそういう資質の人なのですか。
文字氏:少なくとも突っ込んでいける人ではあったと思います。新卒で入った会社を一番先に退職しましたし、そこから気がつくと自分でたくさんの仕事を獲得していた。そういうアタック力はあったんじゃないかと。でも意思決定の話を聞いていると、受託案件をする中で学んだものも大きいのかなと感じます。
佐藤氏:受託から学んだことは本当に多いですね。あらゆる事業に関わってきたおかげで「Park Direct」ではいろいろな課題を最初から洗い出した状況で着手することができています。
――PMFした感覚はどのあたりから得ていましたか。
佐藤氏:先ほどの通り、2020年5月に、4月対比で400%伸びたのですが、その背景にはコロナによる非対面ニーズの増加がありました。そのタイミングでユーザーが伸びましたが、この段階ではまだPMFまでは感じていません。
実際に感じたのは9、10月あたり。より不動産管理会社様やユーザーにフィットしたビジネスモデルにアップデートしたところ、次々と不動産管理会社様の導入が増えていったのがPMFを感じた瞬間ですかね。
業界に地道に入り込み、信頼を獲得するGo-To-Market戦略
――そこが最初のブーストポイントだったのですね。ただ、駐車場は全国津々浦々ありますよね。そこにはどのように開拓していくのですか。
佐藤氏:不動産管理会社様の持つ宅建業の免許は、日本全国に営業できるものと、都道府県ごとに登録するものの2種類あり、基本的に弊社が対象とするのは後者を有する会社様です。
そしてこの業界には、各都道府県に私たちが「リーダー」や「雄」と呼ぶ、マーケットリーダーとなっている会社があります。まずはそこから導入していただこうと決めました。
リーダーや雄の会社は登録免許の特性上、その県下ではNo.1でありながら、隣県の会社はライバルにはなりません。
よって、県をまたいだ勉強会や情報共有は頻繁に行われており、口コミも広がりやすい傾向にあります。そのコミュニティの中に入れていただき、すぐに導入してくださる不動産管理会社様からの紹介などを通じて横展開を図りました。
――業界に入り込んでいくのは相当泥臭い行動が必要だと思いますが、Go-To-Market戦略において他に工夫されたことはありますか。
佐藤氏:DXが中々進まない不動産業界の方々は、ITの知見が欲しいと思っています。そこで私たちはIT関連の勉強会に出て、駐車場とは関係のない部分も含めてたくさんの情報共有をしました。
国が提供する大量のデータを集めて、不動産業界の現状、どんな未来が待っているのか、といった話を、120枚ほどの資料をつくってプレゼンをし、そこからネットワークを築いていくことができました。その間、メディアには全く出ていないのですが、業界の勉強会にはよく話しに行きましたね。
――ニーリーの特徴として不動産管理会社だけでなく、エンドユーザー側への広がりも注目されています。このあたりもお話していただけますか。
佐藤氏:現在進行系の新規事業の一歩先として例えば、「Park Direct for Business」というサービスで法人の車両管理を進めています。元々法人車両市場が存在していましたし、特に社宅代行の方が社宅を探すついでに駐車場も探しているというケースで「Park Direct」を活用していることが多かったのです。それを新しいサービスという形で組織も強化して今後進めていこうと考えています。
また、EVの充電インフラやカーボンニュートラルのカーシェアネットワークの構築なども検討中です。モビリティと不動産という大きな領域について、どの順番で展開するかというのが今の私たちの焦点になっています。
――最後に起業家の皆様に「これだけは伝えたい」ということがあればお聞かせください。
佐藤氏:バーティカルSaaSはホリゾンタルSaaSと同様に考えられがちなのですが、全然違うんですよ。バーティカルSaaSの大きな課題として、領域知見の深いメンバーでのチーム作りが必要ということがあります。だからCxOなども外部からよりは社内からの昇進を重視したり、セールスに関してもこの業界についての知見を深めていくことが重要です。こういった知見は投資家にもインプットしていくことが必要だと感じています。
起業家の方々に向けては、本当に「これがいい」と思えるサービスなのかどうか、きちんと追求していただいた方がいいとお伝えしたいです。Win-Winになるサービス、プロダクトを作ることを念頭に置いて課題を1つひとつ潰し切ること。私たちは今でも「匍匐前進しながら頑張っています」とよく言うのですが、本当に地道に、泥臭く事業を進めていっていただければなと考えております。
――リリースを拝見しているととても軽やかに成長されているように見えるのですが、お話を伺うとやはり地道に取り組むことが重要だということが改めてわかりました。ありがとうございました。
記事執筆:落合真彩
編集:ファーストライト・キャピタル SaaS Research Team
2024.11.20
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