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【対談】ユーザベース創業者が語る「Must have」のリアル

2020.08.08

成長支援

【対談】ユーザベース創業者が語る「Must have」のリアル

スタートアップがプロダクトづくりを進めるなかで大事な観点の1つが「Must have(ないと不便)」になれているかどうか。

前回の「【図解】Must have SaaSの方程式」では、Must have と Nice to have の違いを言語化し、Must haveのプロダクトに近づくための具体的なチェックポイントについて触れました。

それでは、「Nice to have」から「Must have」に変わる具体的なプロセス、実際のMust haveの感触はどのようなものでしょうか?

——「Must haveの感触」と「Nice to haveの罠」

今回は、ユーザベース創業者である梅田優祐のSPEEDA立ち上げ時の実際のエピソードから、Must haveに至る具体的なプロセスや陥りがちな罠を紐解いていきます。

BtoBにおけるMust haveの条件

岩澤:この環境下において、プロダクトがMust haveになっているかどうかは、耳が痛いほど出てきているトピックです。海外スタートアップの事例が紹介されているものもありますが、国内ではまだまだ言語化されていない気がします。

——そこでまず、ユーザベースでSPEEDA/NewsPicksをつくってきた梅田さんにとっての「Must haveの条件」を教えてもらいたいです。

梅田:Must haveの条件は非常にシンプルなので、複雑に考えるべきではありません。

BtoBに関しては、「導入先企業の売上アップ」「コスト削減」の2つの貢献。そこに対して、直接的であればあるほどMust haveになる。逆に、直接的ではないとMust haveになりにくい。これがBtoCになると、売上アップやコスト削減以外に、ブランドといった合理的に説明できない複雑な要素が入ってきます。
でも、BtoBは「売上アップ」「コスト削減」の2つに貢献できれば、誰でも使ってくれるようになる。その点では、BtoBはシンプルとも言えます。

岩澤:SPEEDAの場合、「売上アップ」と「コスト削減」のどちらに貢献していたんですか?

梅田:「売上アップ」への貢献は、なかなか難易度が高い。そこで、SPEEDAでは「コスト削減に寄与する」に一点集中しました。そして、対象となるお客さまは、プライベート・エクイティ・ファンドとコンサルティングファームの2つに絞りました。とてもニッチではありますが、このお客さまになら確実に役に立てると思ったんです。

このときに徹底して考えていたのは、「お客さまにとって、導入しない理由がない状態」にすること。

セールスフォースを例に挙げると、セールスフォースがリリースされた当時はまだクラウド型のCRMがありませんでした。同様のサービスがあったとしてもそれはインストール型。200人の利用ユーザーで1.8億円かかり、パッケージをまるごとインストールする必要がありました。さらに言うと、インストールしたうちの65%が使われていない機能だったりと、今考えてみると非常にコストが高かったんです。

一方で、セールスフォースはクラウド型。導入が楽だし、費用も年間1,200万〜2,400万円。使いたい機能を選べ、それによって金額も変わります。コスト面を考えると、価格・機能ともに他商品に負ける理由がありませんよね。

SPEEDAでも、まずは他社サービスより低コストで導入できる価格を設定しました。他社では1ユーザーあたり15万〜20万円のところ、当時のSPEEDAは約3分の1である*5万円で提供を開始。しかも、基本機能はほぼ同じ、かつ、使いやすくて簡単という点を訴求しました。(*現在の価格は異なります)

ちなみに、SPEEDAをリリースした2009年5月はリーマンショック真っ只中でしたが、同年9月以降には逆にコスト意識の高いお客さまからの問い合わせが増えていきました。リーマンショックが追い風になり、サービスが順調に立ち上がっていったのです。

岩澤:プロダクトの機能だけでMust haveになる、というのは難しいのですね。

梅田:そうですね。だからこそ、売上アップもしくはコスト削減でも勝負したほうがいい。SPEEDAもどこまでコスト削減できるかが勝負でした。このときの競合は、端末型のブルームバーグやトムソン・ロイター。当時はブラウザベースで使えるSPEEDAを日常で使用し、他の端末ベースのサービスは必要なときだけ使うように提案していました。それが、当時の必勝パターンでした。

「Must have」の感触

岩澤:SPEEDAが「Must haveになれた」という感触は、いつごろあったかを覚えていますか?

梅田:SPEEDAをリリースしたのは2009年5月。リーマンショックもあり、資金調達が難しかったため、無理矢理にでもリリースしたところがありました。「本当に売れるのかな」という不安の中でのローンチでした。なので、リリース時のSPEEDAはMust haveから遠い位置にあったんです。

そんなSPEEDAで手応えを感じるきっかけとなったのが、ある投資ファンドへの営業でした。

当時は、僕や新野さん(ユーザベース共同創業者 新野良介)と個人的なつながりがある企業へ営業していたのですが、同社はそのつながりとは関係ない初めての営業でした。競合サービスとコンペになり、シビアに比較検討された結果、SPEEDAが評価され導入に至ったのです。このとき「Must haveになれたかもしれない」と思いましたね。

岩澤:人的なつながりではなく、ピュアにプロダクトを評価されたということですね。

——Must haveになるまで、どのようにプロダクトを磨いたのですか?

梅田:このときは、少数のお客さまと一緒にプロダクトを磨き続けていました。
一つのエピソードですが、ある別の投資ファンドでプレゼンをしたときに「*財務スクリーニング機能が必須」と言われたのですが、当時のSPEEDAには、まだなかった。(*財務スクリーニング機能は、財務データを条件に企業リストを作成する機能)

その瞬間、「ちょうど今、開発中なんです」と見栄をはり、ビルを出た瞬間に稲垣(代表取締役COO稲垣裕介)へ電話。結果的に、稲垣と竹内さん(チーフテクノロジスト竹内秀行)が寝ずにその機能をつくってくれたおかげで、予想より早くお客さまに披露でき「欲しかったのはこれだよ!」と言っていただきました。それで契約に結びついていく。

当時の僕らは、そういったプロセスをくり返していました。そうして、お客さまが求めるサービスへ徐々に近づいていった感じです。先ほどの投資ファンドのコンペでのサービス評価は、そういったプロセスの積み重ねから勝ち得た成果でもありました。

岩澤:Must haveの定義は結局、お客様の生産性を改善できるか?つまり、作業代替性とユニークなインサイトという価値提供に尽きると思います。

加えて、プロダクトが、お客様の非効率な時間、コスト、社内プロセスの何をリプレイスするのか明確にする。そのあたりを意識していくと、Must haveになっていくのだと感じました。

——次の質問として、Must haveかどうかを梅田さんはどのように計測していたのかを知りたいです。

高い営業力による「Nice to haveの罠」

梅田:難しいですね。我々のサービスでも、Must haveになりきれていないものはあります。

Nice to haveでも売れてしまうものはある。だから、勘違いしてそのまま売り続けてしまうんです。でも、そこには必ず「10億円の壁」がある。Must haveになりきれていないものは、10億円手前になると成長が止まったり、解約が増えたりして、足踏みすることになるんです。

これを社内では「Nice to haveの罠」と呼んでいるんです。

今思うのは、SPEEDAをリリースした最初の1年は、売上を追い過ぎないほうがよかったかもしれないということ。もちろん、生きるか死ぬかの勝負をしているので、当然ながら売上を追うことになるのですが(笑)。その結果、Must haveを見つけられることもある。

SPEEDAがまさにそうでした。初期の結果は、プロダクト力ではなく営業力があるチームの存在など、組織力によるものだったかもしれない。営業力が強く、売れてしまうことでプロダクトの価値が見えにくくなってしまうことが「Nice to haveの罠」です。そこに陥らないためにも、最初の段階で「誰に役立つのか」を徹底的に考えることがとても重要です。

岩澤:ここで麻生さんの意見も聞きたいです。梅田さんの話を聞いて、いかがでしたか?

麻生:僕としては、最初からフォーカスを絞らないほうがいいと思っています。

これまでたくさんのスタートアップを見てきたからこそわかるのですが、梅田さんのように最初からフォーカスを絞り、ちゃんと当てている人は少ない。むしろ、最初に外してしまうところがほとんどです。だから、最初からフォーカスを絞るのではなく、網羅的にわーっと当たっていくことも大切。絞り込みはそのあとです。

ただし、僕も「10億円の壁」はあると思います。この金額は、サービスと相性のいいお客さまを取り尽くしたタイミングでもあると考えているんです。Must haveと言われるサービスになるには、「10億円の壁」は越えなければならない関門です。

あと、先ほど梅田さんがMust haveの条件について「売上アップ」「コスト削減」への貢献と話していました。僕は、売った後のオンボーディングも重要だと考えています。

営業時に話すのは、予算を持ち、決済できる人。つまり、その先にいるお客さまに使ってもらえるかどうかは、ハードルが異なります。実際にサービスが売れ、使ってもらうことはできる。しかし、使い続けられるかどうかは別。いつ予算削減の対象になるかわからないものは、Must haveとは言えません。

岩澤:つまり、「リプレイスされない状態=Must have」ということですか?

麻生:大前提として、どんなサービスにも代替サービスは存在しています。ではなぜ、同じサービスが使われ続ける現象が起こるのか。そこには使い続ける理由が、導入先企業内で積み上げられているからです。

具体的には、会議などで「あのサービスを解約しよう」と言われたときに、「いや、使い続けよう」と反論してもらえるかどうか。

業務工程に深く入り込み、解約に関する論点が積み上がっているほど、Must haveになっていると言えます。これは全社的なものだけでなく、「情報システム部門が反対している」「マーケティング部門が必要だと言っている」など、部門での依存性を高めることも有効です。

VCとのコミュニケーション

岩澤:とはいえ、Must haveになっていない状態でも、投資家、金融機関によってはMRR(月額経常収益)アップなどのプレッシャーもあると思います。

——当時、梅田さんはどのようなコミュニケーションをとっていたんですか?

梅田:もう、「株主に恵まれていた」の言葉に尽きます。

GMO VenturePartners、マネックスベンチャーズ、グロービス・キャピタル・パートナーズ、伊藤忠テクノロジーベンチャーズ。

なかでも、GMO VenturePartnersの村松さん(同社取締役 / ファウンディングパートナー村松 竜氏)は、SPEEDAを一緒に売りに行ってくれました。そして、お客さまの反応まで検証してくれていたんです。投資してくれた後も、一緒に営業してくれました。

だから、どこよりも数値のプレッシャーがすごかった。取締役会で「98%、達成しました」と話すと、村松さんがすぐに、「そこまで行けているならあと2%頑張って100.1%にすべき。99%と101%は全く違うし組織の自信になる」と。そういった数値のこだわりで、社内が変わったように思っています。

「数字にうるさい」となると、あまりいい印象がないかもしれません。でも、僕らにとっては、村松さんから受けたプレッシャーはすごくよかった。甘えようと思えば、甘えられるんです。そうならなかったのは、村松さんのおかげですよね。VCだけではなく実際に上場企業を経営されている村松さんだからこその説得力がありました。

それに、VCだって、大事なお金を投資してくれています。だから、売上を伸ばすのは当たり前。期待に答えながら数値を伸ばしていくのは、経営者の腕の見せどころです。

岩澤:Must haveになりきれていない感覚があるけれど、経営者として売上を上げなくちゃいけないプレッシャーがあるときは?

梅田:コミュニケーションをするしかないですね。「Must haveになりきれていないから売上アップは目指せません」は、VCからすると言いわけにしか聞こえません。

何を約束し、計画していくかは、最初が肝心。「今年はMRR1,000万円を目指します」と言いながら「500万円しか達成できませんでした。Must haveじゃないから仕方ない」というのは良くない。お金をもらっている以上、どちらもやらなくちゃいけない。ステークホルダーがいるということは、そういうことです。

それを理解したうえでお金を受け入れる。だからこそ、下げるときもVCとしっかりコミュニケーションし、理解してもらうしかありません。本当に事業を理解しているVCなら、わかってくれると思うんです。そういったVCと組むのが、大前提となりますが…。

そういう意味でも、当時のユーザベースは恵まれていましたね。


本記事は、ファーストライト・キャピタルが運営するソーシャルクラブ「Thinka」の月例会(2020年5月28日)で開催された、ユーザベース代表梅田優祐、ファーストライト・キャピタル岩澤脩、麻生要一によるパネルディスカッションの内容を編集しています。

■プロフィール

梅田優祐(YUSUKE UMEDA)

ユーザベース代表取締役CEO。戦略系コンサルティングファームのコーポレイトディレクション(CDI)、UBS証券投資銀行本部の東京支店を経て、2008年に新野良介・稲垣裕介と共にユーザベースを創業。ニューズピックス代表取締役会長 CEOも務める。

岩澤 脩(OSAMU IWASAWA)

ファーストライト・キャピタル代表取締役/マネージング・パートナー。慶應義塾大学理工学研究科修了。リーマン・ブラザーズ証券、バークレイズ・キャピタル証券株式調査部にて 企業・産業調査業務に従事。その後、野村総合研究所での、M&Aアドバイザリー、事業再生計画立案・実行支援業務を経て、2011年からユーザベースに参画。執行役員としてSPEEDAの事業開発を担当後、2013年から香港に拠点を移し、アジア事業の立ち上げに従事。アジア事業統括 執行役員を歴任後、日本に帰国。2018年2月にUB Ventures(現ファーストライト・キャピタル)を設立し、代表取締役に就任。

麻生要一(YOICHI ASO)

ファーストライト・キャピタル ベンチャー・パートナー。東京大学経済学部卒業後、リクルートに入社。自ら立ち上げた事業を子会社化、150人規模まで事業を拡大後、リクルートホールディングスにおいて新規事業開発室長を担い、グループ全体の事業開発を統括。1,500件の新規事業案創出と、300社のスタートアップ企業の支援経験を経て、2018年に起業家へ転身。遺伝子解析ベンチャーゲノムクリニックの共同創業と同時に、企業内新規事業開発の支援を行うアルファドライブを創業し、2019年にユーザベースグループ入り(発行済全株式売却)。2018年6月よりファーストライト・キャピタル ベンチャー・パートナー、2018年9月よりニューズピックス執行役員へ就任。


構成 : 福岡夏樹
編集 : 岩澤脩 | ファーストライト・キャピタル 代表取締役社長・マネージングパートナー
2020.08.08

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