スタートアップのCEOに最も必要な能力とはなんでしょうか。
「事業の構想力」「人との共感力」「目標に対する実行力」などさまざまな答えがあるかも知れません。
世の中に完璧な経営者はいませんが、急成長する組織を作る上では必要不可欠な能力が存在することも確かです。私自身、事業経験から身をもってその必要性を実感しました。
本記事では、一般的な「スタートアップCEO論」ではなく、実際の事業経験やキャピタリストとして多くの起業家と接してきた視点から、より解像度高くスタートアップCEOに求められる能力をステージごとに整理していきます。
スタートアップは成長ステージで求められるスキルが異なる
現在、私は、ファーストライトでパートナーを務めていますが、これまでコンサルティングファームやVCでのキャピタリスト経験、スタートアップの経営者としてゼロイチの事業立ち上げを行ってきました。
自身、そして、他の起業家が過去に経験したハードシングスや失敗をステージごとに分解し、どのような能力があればより良いマネジメントができ、ビジネスにフォーカス出来ていたのか。
そのような振り返りを繰り返す中で、スタートアップのステージごとに求められる経営者の能力の違いを以下の図にまとめてみました。
①スタートアップ初期には「洞察力」「実行力」「共感力」
スタートアップの経営フェーズをシード、アーリー期を前半、ミドル、レイター期を後半とすると、前半のリーダーシップスタイルは「やって見せる」、後半は「コーチング的なかたちに切り替える」がベースとなります。
真の顧客ニーズの把握やビジネスの構築に対し、誰よりも深い理解を持つための「洞察力」、その考えに基づきトラクションを生みだす「実行力」、初期メンバーを巻き込みための「共感力」が組織の根幹をつくるため、初期フェーズにおいては特に重要です。
ユーザーは自身のニーズを明確に把握出来ていることは実は多くはありません。BtoBビジネスであればその輪郭は少しはっきりしますが、BtoCビジネスではiphoneやTikTokに代表されるように具体的なプロダクトを見せられて初めて利用動機が明らかになるのです。
自分の世界観とは異なるペインポイントや、マクロトレンドの変化にアンテナを立て、ユーザーもまだ気づいていない潜在的なニーズを発掘する能力が「洞察力」であり、起業初期には最も大切な能力と言えます。
「実行力」は、PDCAの回転速度をあげる能力です。エンジニア出身の起業家でビジネスサイドの業務に不安がある場合でも初期段階においては自分でプランニングに基づき、コードを書くことも「実行力」の一つです。日々、連続的に決断を迫られる場面を迎えますが、判断を留保せずに80%の完成度を受け入れる力が必要となります。
「共感力」は初期の採用・チーム作りに必要な能力です。この「共感力」が乏しい場合、入社を口説く時には想いを伝えることができても、1年2年と経っていく中でメンバーの心境の変化に気づくことができず、チームがバラバラになってしまうことがよくあります。経営者の頭の中は「事業」が最優先で占められていくため、苦手意識がある場合にはCOOなどとの役割分担をおすすめします。
②ミドル、レイター期は組織が自ら学習する仕組みづくりを
ミドル、レイタ―期になると、1から50をつくるフェーズで自分より優れた成果を残せる人材に領域を託せるかが肝になってきます。
経営者であればどこかの段階で自分が担える業務範囲の限界に気付くと思います。これはアーリーで気付けばベストですが、ミドルの段階まで必要以上に自分で抱えてしまうCEOは、その後の組織構築にとって大きなリスクとなり得ます。
「ビジョンベース経営」の箇所では、「経営者個人の名声よりも会社の成功を優先する姿勢」が重要であると示しました。自分だけが先頭に立つのではなく、むしろ自分がいなくても組織が自律的に成長していくことのできる、「学習する組織」の構築力が必要になってきます。
躍進する中国のテック業界は、経営者ドリブンな成長パターンが多いと誤解されやすいですが、実はこの学習する組織の構築こそが強みです。テンセントやアリババは、あれだけ大規模な会社であってもジャック・マーのCEO退任に代表されるようにマネジメントレベルで新陳代謝が見られます。現在の組織トップは既に創業メンバーではないのです。
後から経営チームに加わった人でも、共同経営というかたちでパートナーシップを組んだり、スピンオフさせたり、新たな血を使い短期間で成長を実現しています。日本は創業メンバーがそのまま居続けることが良しとされる風潮がありますが、創業メンバーがいなければ続かない企業ならこの先100年続く企業となるのは難しいと感じています。
日本では市場環境などから早期のIPOを求められることが多いため、この長期的な拡大に向けた組織構築の視点が提示されづらくありますが、この時点において組織力を強めることこそが経営者にとって最も重要な能力と言えます。
③不足するスタートアップCEO能力の補い方
ここまで「スタートアップCEOの能力」をまとめてきましたが、この6つを最初から全て兼ね備える経営者は非常に稀であり、それぞれに対し得手不得手の濃淡があることが大半です。
かく言う私自身、スタートアップを経営していた際には、悩みは尽きませんでした。
もともとコンサルティングファーム出身でもあったことから、「洞察力」や「実行力」など事業を推進する面では自身の強みを活かせたものの「共感力」では挫折にも近い壁に突き当たりました。
率直なコミュニケーションスタイルを信条とする中で、メンバーのミスを指摘した際に、感情的な反発を受けることがありましたが、そのような姿勢に対し理解を示すことが出来なかったのです。
当時のHR(Human Relation)ビジネスパートナーからは、「メンバーは承認を受けたがっているが、頼さんは基準が高すぎて褒めないからみんなしんどいです」とフィードバックを受けるなど、組織内でのハレーションを生む状況となっていました。
それまで、MBAのケーススタディや、数多くのビジネス本から「個の強みで活かす」重要性を頭では理解していたつもりでしたが、いざ経営者という立場になると、自分の観点でしか物事を見られていなかったことに気づきました。
そのような強烈な経験に基づくフィードバックから、客観的な自己認識が出来た時に、私は自分の尺度を捨てることを決断しました。
自分のスタイルはプロフェッショナルファームで培った価値観により醸成されたものですが、経営者としての私は、メンバーにそのスタイルを押し付けたいわけではないことに気づきました。自分の中にある「あるべき」という価値観を見直し、必要のない価値観は一旦リセットしたのです。
経営者であれば多かれ少なかれ、このような局面を迎えることがあるかと思いますが、「能力の補い方」には、私のような手痛い経験を経なくても向上させる方法が2通りあると考えます。
1. チーム経営
経営者は孤独だからこそ、チーム経営を目指して、6つの能力を高めることが強いチームへの近道になります。「ビジョンを語るのが苦手だ」「守りの組織内チームをつくることが苦手だ」そういった自己認識を早めに持つことができるのであれば、自己矯正の道ではなく、背中を預ける仲間を見つける方が近道となります。
2. コーチング機会
経営者としては一定のスキルバランスは必要となります。多くの局面において、表の6つの指標において及第点を取る必要があります。そのためには、正しい自己認識と改善のフィードバックループを回せる状況をつくり出すことが唯一の方法となります。経営者自身のOSアップデートを自己完結させることは極めて難しいため、適切な壁打ち役やコーチング相手を設けることは重要です。
私たちが信じる「VCだからこそできる」価値提供
最後にスタートアップCEOの能力向上に関連した私たちの起業家支援について言及をさせていただきます。
スタートアップ界隈では「ハンズオン」という言葉がネガティブな印象で一人歩きしている向きがありますが、起業家に対し適切なアドバイスやサポートを行うことはキャピタリストの責務だと考えています。
これは、先人の起業家が経験してきた手痛い失敗を見てきたからこそ、それらを知識体系化し、後に続く起業家に伝えるためでもあります。
私たちが「ハンズオン」という言葉を使う場合は、事業に関するアドバイスだけではなく、この記事を通じて提示した能力などに対する客観的なコーチング機会の提供を指します。
私の経営者としての経験を振り返ると、組織全体を学習させるところまで組織を成長させることはできませんでした。また、シード期、アーリー期は客観的な自己認識を持つことができず、後半になってようやく自分を客観視できるようになったと感じます。
「事業」のハンズオンに関しては、SaaSを筆頭に様々な知識・ノウハウが公開されています。一方で、「心」に関しては一人ひとり状態が違うので、画一的に扱うことはできません。CEOが考える「自分らしい経営」をサポートするのも今後のベンチャーキャピタルに求められる役割だと思います。
会社の規模が大きくなればチームのあり方や従業員の意識変革も必要になりますが、そのような明文化されない重要な課題に対し、気づきと改善のきっかけをつくることができるサポートをしたいと常々思っています。
本記事やコンテンツ、対話を通じ、起業家がより事業成長に向き合えるよう、ファーストライトでは支援を加速していきます。
編集:頼 嘉満 | ファーストライト・キャピタル マネージング・パートナー
2022.07.11
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